2012/01/23

厳冬の夏沢鉱泉

         <氷の華>
20120106dsc01595b29年欠かしたことのない年頭の人間ドックを済ませ翌1月6日9時中央線茅野駅に立っていました。夏沢鉱泉のマイクロバスが迎えに来ます。この山小屋標高2,060㍍まで雪上車で上がっていきます。山小屋」に着くなり、早速アイゼンを付け、昨夜急遽用意したスノーシューを背負って樹林帯の雪道を2㎞の距離を夏沢峠へ向かいます。

 

    
                                <硫黄岳北面を登る>
                          
20120106dsc01604b_2
 夏沢峠からは硫黄岳の北斜面を登ります。樹林帯を抜けて岩の斜面に出ると雪は降っていないのですが、強風に煽られて雪の粒氷の粒が舞い上がり頬を叩き鼻を打ちます。雪上車に同乗した女性登山者二人はすでに前方の斜面を逞しくたしかな足取りで登って行きます。
 標高2,760㍍硫黄岳の山頂は雲の中烈風が吹き荒れて寒いこと寒いこと、それでもせめて登頂の記録に標識を撮ろうと手袋を取ると指は曲がったまま固くなってしまい、カメラも凍りついてシャッターが落ちないのです。写真を諦めほうほうの体で下山を開始、凍傷になってはと、ピッケルを持つ手袋の中でしきりに指を動かし下りました。

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2012/01/14

映画「一命」を観て「建て前の武士道と本音の武士道と」

映画「一命」
監督「三池崇史」 主演「市川海老蔵」「役所広司」「瑛太」「満島ひかり」
原作「異聞浪人記 」滝口康彦著
 2012年1月11日縁者の奨めで映画「一命」を観ました。テーマは武士道の建て前と本音、今日本人の心の中に武士道を取り戻せという声があちこちから聞こえてきます。ここでいう日本人は、政官財学といった日本の国を導く指導者層の方々のことです。取り戻して欲しい武士道は建て前ではなく。本音の、強者としての、慈悲と恕を包み込んだ武士道であって欲しいものです。
 映画は大阪夏の陣も終わり、徳川の世が定まり、日本人の多くが、久々の平和を謳歌し始めた時代です。一方で天下分け目の戦いに破れ主家断絶、改易、お家取り潰しと敗者の側に立った武士が大量に浪々した時代でもあります。平和の時代、軍縮の時代とあっては仕官の道も閉ざされ浪々する武士の困窮は目を覆うばかりです。
  主人公津雲半四郎(市川海老蔵)は芸州広島(福島正則)の家臣、主家取り潰しで託された上役の男児と愛娘を抱え男手一つ、傘張り浪人として糊口をしのぎ子育てをし、二人を娶せ、孫もでき困窮の中にも小さな幸せが芽生えてきます。しかし身体のひ弱な愛娘の病、孫の病を治す薬を求める金子も無い。婿の千々岩求女(瑛太)は手元の貴重な書物を売り、武士の魂(建て前)の両刀を売り払って、薬代に当てる始末です。

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2012/01/04

正月の庭

       <蝋梅の花>
20111230dsc01583b山茶花がそろそろ終わり、未だ椿には早いこの時期に蝋梅が満開のときを迎えています。顔を近づけると甘い香りが漂ってきます。少し透明度のある黄色の花で、梅花とは樹種は違うのですが、梅の花に似ているところから、蝋で作った梅と名づけられたのでしょう。

<臘梅の蕾>
                        20111230dsc01585b
庭の隅の小さい若木ですが、まだ蕾もあり七草頃までは楽しめそうです。
 

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2012/01/01

明けましておめでとうございます。

       <年賀状>
1明けましておめでとうございます。
 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。 

3月11日の大津波、福島原発事故の大惨事を目のあたりにし、以後しばしば、諸行無常の四文字が心をよぎるようになりました。 

福島原発事故の大惨事から今世界各地で、原子力発電の是非が問われています。「忘れたい」「知りたくない」と念じていた、念じていたがゆえに忘れていた、知らないで済ませてきた放射能汚染の恐ろしさを思い出させてくれました。核廃棄物は十数万年という途方も無い歳月、日本列島に住む人々の生存を脅かし続けていきます。

年末の株式市場大納会は「日経平均29年ぶりの安値」と報じています。29年前は1982年です。

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2011/12/01

安易に”世代間格差論”に与しないで!

健康保険料の現役世代へ負担が増える。今の老中世代の年金と次世代の年金には大きな格差がある。これらを世代間格差と呼び、政府も、テレビ報道では、アナウンサーも評論家もこぞって眉をしかめて、「世代間格差をなくせ」といいます。たしかに現象としてはそうなっているしもっともに聞こえます。毎年40億円を超える財政赤字をいつまでも積み重ねるわけにはいきません。既に次代へ大きなツケを回しているのですから。
 小宮山厚労大臣は、さも当然のように記者会見を開き、そのためにも年金支給額の払い過ぎを次年度から調整すると得意顔で語ります。念願の大臣になって嬉しいのはわかるけれど、なんのために民主党選出の国会議員として、大臣になったのだろうか?
 
 
 

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2011/11/13

オリンパス粉飾事件の意味するものは?

オリンパスの粉飾決算事件が大きく取り沙汰されています。20年に渡って金融取引の巨額損失を隠してきた、そのガバナンスを問題にしている論が多いように思います。
 もし20年前1990年頃バブルの終末期に巨額の利益を出していたら、当時の経営者は隠したでしょうか?当時の経営者は、きっと満面の笑みで決算発表をしたことでしょうし、マスコミも経済評論家も多くは、こぞって絶賛したのではないでしょうか。では当時の経営者はなぜ(Why)損失を隠したのでしょうか?
 今秋パナソニック、シャープ等々薄型テレビの事業縮小で巨額の損失を出した企業は、なぜ(Why)隠さないで、それも3月決算を待たずに発表したのでしょうか。どこが違ってどこが違わないのでしょうか?
 

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映画「一枚のハガキ」を観て

20011年9月11日新藤兼人監督の最後の映画?「一枚のハガキ」を観ました。99歳の作品とは、思えない驚くほどの「生きる力」に溢れた作品です。「生きている限り生きぬきたい」「戦争はけっしてやってはならない」これが新藤兼人99歳が今3.11を経験した日本人に伝えているメッセージです。
 「ひとが『問い』を発するとき、答えはすでにその『ひとの内』にある」、正確には「ひとの内」ではなく、「『答え』はすでに『問い』の中にある」といったほうがいいのでしょう。
 戦争の悲惨さ、戦争によって引き起こされる不条理がテーマの映画ですが、一隻の戦艦も一機の飛行機も、戦車も一度の戦闘場面も描くことなく、戦争を引き起こした軍部や政治の上層部も登場しません。戦争責任を問うのではなく、戦争そのものが持つ悲惨さ、不条理を描くことで「けっして戦争をしてはならないと」と訴えています。
 100名の召集兵の中からクジ運よく生き残った6名の中の一人という新藤兼人自身の実体験からの叫びでもあります。近年日本人の多くが、人間の本質を問う、重いテーマを避ける風潮があるように見受けます。この映画もとても重いテーマですが、決して暗いテーマではありません。映画のラストシーンの「一粒の麦死なずば・・・・・・」、黄金色の麦秋が「生きているかぎり生き抜きたい」と楽ではないが、力強い未来を見つめています。

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2011/11/06

紅葉と富士の大菩薩・小金沢連嶺を歩く(2)大菩薩峠から天目山温泉へ

  <真夜中の富士>
20111030dsc014973b 大菩薩峠に立つ介山荘は、部屋も綺麗、もてなしも超一流なので、山小屋を初体験の二人の女性にはよかったと思います。これが普通と思われるとそれも困るのですが。
 星を眺めようと、午前2時三脚を持ってそっと部屋を抜け出して、親知らずの頭で腰を下ろしました。周辺の山々はうっすらと雲がかかっていて星空は頭上にありカメラに収めることは断念しました。                                                                <真夜中の富士>
                         20111030dsc014993b

うっすらと雲海に浮かぶ富士を撮ってみようと三脚を据え、待つこと15分どうにか月齢3日で月明かりのない夜微かな光の中に富士を捕らえることができました。

<塩山の夜景>
20111030dsc01500b  RAW画像なのでかすかな光を現像でかろうじて表現することができました。若いころ白黒写真の現像から引き伸ばしを自分の暗室でやったこともありましたが、カラー写真の時代になり、諦めていました。デジタルの時代になり、当時の苦労を知るものには、いとも簡単にできることの不思議と有り難さを味わっています。
 以前の塩山市、今では合併して甲州市というのだそうですが、山裾に広がる夜景もまた綺麗です。

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2011/11/04

紅葉と富士の大菩薩・小金沢連嶺を歩く(1)丸川峠から大菩薩峠へ

      <丸川峠道の紅葉>
20111029dsc01437b2011年10月29日(土)~30日(日)と秋の大菩薩・小金沢連嶺を縦走しました。大学院の縁者男性二人、女性二人計五人、僕にとっては40年ぶりの大所帯の山歩き,老中の身、若い方々が一緒に歩いてくれるとはありがたいことです。
 

      <黄葉>
                     20111029dsc014402b

標高1,500㍍付近は秋もたけなわ紅葉、黄葉が見事です。紅葉を楽しみながらいつも思うのは、”個性とは”です。木々の葉の色も緑から赤まで色とりどりですが、一枝にしがみついた葉をみても濃淡があり、いつ虫に喰われたのだろう、その傷口も大きいものから小さいものまで様々な形をしています。

       <黄葉>
20111029dsc01444b山靴の下では早々と散ってしまった落ち葉がカサコソと音を立てています。
 春の芽吹きから今日まで、風雨に晒され、虫にかじられ、よくここまで耐えてきたものです。春から初夏の若葉は一斉に目立たないように大きくなっていきます。

                                  <丸川峠のすすき>
                             20111029dsc014531b_3

早く大きくなって硬くなったほうが虫に食べられる機会が少ないからです。
 近年若い方々の間には「自分探し」とか「個性を磨く」といったことが流行っているようですが、秋の紅葉を見るたびに、「ちょっと 違うのでは!」とつぶやいてしまいます。
 秋の紅葉と同じように人間も我々老中世代になって、風雪に洗われた個性が、個性などと意識していなくても自ずから現れてきます。これが俺の個性か?(嘆息)、削ぎ落とされて残ったものは、醜いものばかり、けっして肯定的なものではないのです。

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2011/10/31

八ヶ岳縦走(4)ご来光

     <深夜の標識>
20110928dsc013331bご来光を期待して3:00出立、根石岳を目指します。新調したLEDの懐中電灯が明るく足元を照らしてくれます。

<根石岳からのご来光(1)>
                     20110928dsc013481b
4:30分根石岳昨夜に続いて星空をながめながらご来光を待つことにしました。
 星をながめながら、待つこと1時間、上越の山々の向こうから朝日が昇ってきます。いつ見ても、何回見ても、飽きさせない、不思議な微妙な違いを見せて、昇ってきます。


<上越の向こうからご来光(2)>
20110928dsc013521b  朝日が当たる北八ツのシンボル、ニュウの岩壁、その先に浅間山が赤く霞んでいます。
 奥秩父の山ひだが幾重にも重なって柔らかな曲線を引いています。

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八ケ岳縦走(3)キレットを越えて主稜部へ

     <八ケ岳の主稜部>
20110928dsc01301b権現岳から赤岳への稜線は一旦最低鞍部にあるキレット小屋まで下り、そこから標高差500㍍ほどを2時間で登り返します。左の阿弥陀岳(2,805㍍)、右の赤岳(標高2,899㍍)、横岳(標高2,829㍍)、

                              <阿弥陀岳・中岳・赤岳>
                                                  20110928dsc013101b  

硫黄岳(標高2,760㍍)が続いています。標高2,900㍍から2700㍍八ヶ岳の主稜群が連なっています。
  岩の隙間に鮮やかな赤、草の紅葉が始まっています。赤岳、横岳を越え南八ヶ岳の北のピークが硫黄岳、どこが山頂かわからない広い山頂部、3.11で登るのを諦めて下山した山です。
 
 強行スケジュールの今回の山歩き、すでに一時間遅れ。                         
           

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2011/10/28

お奨め「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」加藤陽子著

書名  「それでも日本人は『戦争』を選んだ」
著者  加藤陽子
出版社 朝日出版社
 我々老中世代でも多くの方が日本の近・現代史を学んでいません。高校の日本史の授業でもせいぜい日露戦争まで、何故か三学期には時間が足りなくなってしまいます。その上歴史教育の多くが出来事と年号の暗記に終始して、古今東西の関係性(因→縁→果)という本来の歴史の学び方で学んでいないように思います。
 歴史として知っている、と思っていることの多くは歴史小説によるものですが、いつの間にかそのフィクションも歴史的事実と混同してしまいがちです。その典型的な事例が我々世代に多い司馬史観ではないでしょうか。間もなくNHKで放映される小説「坂の上の雲」がその代表例といえると思います。司馬史観も小説に編みこまれた司馬遼太郎の歴史観です。
 明治維新から太平洋戦争敗戦までの80年間は日本人にとって稀にみる対外戦争の時代でした。日清戦争→日露戦争→第一次世界大戦→日中戦争→太平洋戦争と”なぜ日本人は戦ってきたのか?”この本は戦後掘り起こされた資料なども読み解きながら著者が戦争を通して語る日本の現代史です。 
 

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2011/10/02

八ヶ岳縦走(2)八ヶ岳の黎明

   <星空の赤岳・薬師岳>
20110928dsc012482b28日午前3時身支度を済ませそっと小屋を抜け出して山頂へ。夜明け前、昨夜はっきり見えていた天の川は、消えていた。昨夜のうちに三脚を立てなかったことを悔やむ。それでも左奥の蓼科山から手前阿弥陀岳赤岳が黒々と屹立し、星が燦々と煌めきながら流れていく。

 <流れるオリオンの三ツ星>
                        20110928dsc012491b



                             

  長い時間夜空を眺めていると、流れ星が夜空を区切りながら右に左に流れていく、慌てて願い事を、老中とて、願いも少なくなったのか、記憶力の衰えか、反射神経が鈍くなったか定かではないが、願いを口ずさむ前に消えてしまう。
  オリオンの三ツ星にレンズを向けてみた。確かに3つ揃って流れていく、右下の一際太い直線の星はさて?

   <赤岳の黎明>
20110928dsc012561b_2                          
 携帯が繋がる山が増えてきた。スマホがつながれば、星座の名前と位置、物語を知ることもできるだろうから山の楽しみも一味違ったものになるのだろう。試してみる価値がありそうだ。
 午前5時、東北東、上越山塊あたりか空が赤く染まってくる、雲の色が変わり、、山肌の色彩が変わっていく。荘厳の一時。直下の山小屋では朝食が始まる頃、この山頂には誰もいない、欲張ったわけでもなにのに何故か、この荘厳も独り占め。                                                             
                        

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2011/10/01

八ヶ岳縦走(1)編笠山から権現岳へ

       <トリカブト一輪>
20110927dsc01219b2011年9月27日南八ヶ岳を縦走すべく、中央線小淵沢に降り立った。一台残っていたタクシーに慌てて乗車、これが今回の山旅の初歩的なミス、「初心を忘れた」罰で喉の渇きに苦しむ半日になった。自業自得だ。

                                 <すすきの穂に秋の色>
20110927dsc012261b いつもならまず下車駅で水を確保するはずが、タクシーに気を取られ乗車、運転手さんに「登山口に水はありますよね?」と聞いてしまった。これが間違いの上塗りになった。
運転手さんは言う。「山小屋があるんだから水はあるでしょう」ところが下車すると、林道の終点駐車場があるのみ。

<遠い飲み屋>
20110927dsc01234b
                                 
                           
                                              
                                
 走り去るタクシーを恨めしそうに見送って、ペットボトルに残っている100mlほどのお茶を見つめながら覚悟を決める、水不足の山歩きの練習にしようと。
 トリカブトも終わりに近く、色褪せた花ばかり、中に咲き遅れた一輪が誇らしげに鮮やかな紫の兜を見せ、すすきの若い穂がキラキラと逆光に輝いて、わずかに秋の始まりを告げている。
 標高2,524㍍編笠山を越え喉の渇きを騙しだまし歩くこと3時間半、青年小屋に着く。小屋の裏手に「金名水」と名づけられた水場がある。「金名水」とか「銀名水」と名のある水は、とにかく美味い、きっと寿命も伸びるに違いない。運転手さんの答えもあながち間違いではなかったことを知ることになる。
 「答えは常に問いの中にある」他人に聞くのが間違い、山の初心はまず水の確保、タクシーを次の人に譲って水を確保するのが大事だったと身に染み付いた能率病を反省しながら、またまた延命を願い金名水をしたたかに飲み、汗を拭うこの快感、山歩きの愉しみのひとつでもある。
 
 

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2011/09/18

生活習慣病は、食習慣病だ!


書名-「成功する人は缶コーヒーを飲まない」
著者-姫野友美
出版社-講談社+α新書

書名-「心療内科に行く前に食事を変えなさい」
著者-姫野友美
出版社-青春出版社

書名「医者も知らないアドレナル・ファティーグ-疲労ストレスは撃退できる-」
著者-ジェームズ・L/ウィルソン
翻訳ー本間良子(監修本間龍介)

①はいかにも売れそうな書名ですが、残念ながら、書店の店頭では僕の眼には止まらないタイトルです。もう「成功する」という文字に惹かれる年齢はとうに過ぎてしまいましたし、日ごろから「缶コーヒー」は飲まないけれど「成功したとは自他ともに思っていませんからね。(*^-^)
②は同じ著者のもう一冊の本。書名に惹かれて今年の春に読みました。不眠、倦怠感、うつ症状の原因の多くが食事によるものだと著者はいうのです。たまたまこの春、縁者が講師のNLPの初級講座を受けていたせいかもしれません。。「うつの多くが食に原因がおる」に興味を持ちました。
 ③は多摩大学大学院の卒業生本間龍介・良子医師、おしどり夫婦の医師の協力翻訳による本です。大学院の縁で出版されるとすぐに読み、関心のありそうな医療系の方にお配りした本です。三冊ともに食事の摂り方、お酒の飲み方、間食の摂り方の間違いや誤解が原因で、うつ症状、不眠症、不定愁訴、肥満などが起こると書いています。三冊の本を読んで、生活習慣病という括りを食習慣病運動習慣病とに分けたほうがいいのではないかと思いました。生活習慣病というとつい運動不足解消にマラソンとか、散歩、スポーツジムへと足が向きますが、生活習慣病の多くはむしろ前者の食習慣病に起因するようです。
 日ごろ生活習慣病を疑っている方、職場で部下が「うつ」になって己の管理能力を疑って悩んでいるマネジャの方々、人事・総務部で社員の「うつ」対策で悩んでいる方々、社員の食習慣を改善することで活き活きとした活力ある職場を取り戻すことができるかもしれません。

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2011/09/10

前川正雄著「マエカワはなぜ『跳ぶ』のか」を読む

書名-マエカワはなぜ『跳ぶ』のか」
著者-前川正男(野中郁次郎監修)
出版社-ダイヤモンド社
 書名にある「跳ぶ」という言葉の響きがいいですね。「飛ぶ」ではなく、「翔ぶ」でもなく「跳ぶ」です。この一語にも西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一「非連続の連続」が現れているように思えます。今西錦司の「棲み分け進化論」、西田幾多郎の「場所の論理」が混然一体となった前川哲学、その前川経営哲学が企業という共同体として、形になって立ち現れたのが株式会社前川製作所なのです。
 野中郁次郎一橋大学名誉教授の解説がついているのもありがたいです。

  
 
 

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2011/08/21

再びの白馬岳(5)雪渓をトラバースして下山

  <雪渓のトラバース>20110811dsc01057                                         
 8月11日いよいよ下山の日、4:30から露天風呂に浸かって日の出を待ちます。北信五岳からのご来光を湯船の中で拝む。
 迂闊にもカメラを小屋においてきてしまい折角のご来光を逃してしまいました。
 

                              <クガイソウ>         20110811dsc01062b            ここからの下山は幾つかの雪渓をトラーバースしていきます。雪解けが進み雪渓上の踏み後の先にクレバスが大きな口を空けていたりして、同行の二人も幾分緊張気味。
 

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2011/08/18

再びの白馬岳(4)白馬鑓温泉へ

      <雲の上の白馬岳山頂>
20110810dsc01020b_2 9:50分白馬鑓岳山頂に立つと今朝霧の中で何も見えなかった、白馬岳が雲の上に頭を覗かせています。今歩いてきた縦走路が続いているのも、縦走の楽しみのひとつです。Hさんも黒部の谷を隔てた先に自分が登った剱岳を見つけて感激していました。

   <ミヤマアケボノソウ>                      20110810dsc01014b
 白馬鑓岳を下り、天狗の頭への分岐までくると、稜線歩きと別れを告げ、雪田や雪渓をよぎりお花畑の中をひたすら白馬鑓温泉小屋まで標高差600㍍を下ります。
 地味な花で登山者が、見落としてしまうのがミヤマアケボノソウもカメラを向けると気品溢れる美しい花です。

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再びの白馬岳(3)稜線散歩

  <杓子岳から白馬鑓岳への縦走路> 20110810dsc00976b                             8月10日朝起きて外に出ると、山荘は霧の中に包まれ、灯りが流れる霧の中にぼんやり浮かんでいます。今回もご来光は望めそうもありません。
                             <朝露のイワギキョウ>
20110810dsc00984b  それでもかすかな望みを抱いて山頂を目指します。標高2,932㍍の白馬岳山頂は、山荘からわずか15分のところににあります。諦めて山荘に戻るとすでに朝食を取る登山者もなく、三相のスタッフは三人の登山者を待っていてくれました。7:00白馬鑓温泉に向けてのんびりの出立です。
 稜線を歩き始めると、雲が上昇気流に乗って谷底から上がってきます。今日は晴れそうです。
 30分ほど歩き丸山につく頃には、霧の晴れ間から、杓子岳、白馬鑓岳が姿を現します。

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2011/08/15

再びの白馬岳(2)妖しく赤く落ちる落日

 <仰ぎ見る稜線>
20110809dsc00899b 二週間前トラバースした残雪タップリの小雪渓も今日は雪も消えて雪解けの水があちらこちらと流れを作って下っていきます。雪渓の縁のイワギキョウ一斉に太陽に向って高山賛歌の大合唱です。

<イワギキョウ>
                           20110809dsc00906b 小雪渓を過ぎると標高は2,000㍍を超えて高山植物の植生もまた違ったものになっています。この辺り角の取れた丸い巨岩があちこちに点在しています。氷河に削られ丸くなった岩肌にも削られた後が残ってます。巨岩の上は明日白馬鑓岳へと縦走する稜線です。

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