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2004/10/30

劇画になった青春の門

もう二十年以上になるでしょうか、毎週木曜日帰宅時にキヨスクの店頭に立ち寄るのがささやかな楽しみです。木曜日はコミックモーニングの発売日なのです。そのモーニングに我々老中が若い頃、むさぼり読んだ五木寛之の「青春の門-筑豊篇ー」の連載が始まりました。当時の青春の門では若い心を駆り立てたものでしたが、近年の五木寛之は「大河の一滴」やテレビの「百寺巡礼」などなど、いつも老中のこころを鎮めてくれています。劇画にどう描かれるのか、かきたてられた若い心はどんなものだったのか思い出すのも楽しみです。今モーニングでは島幸作は取締役になって中国ビジネスで活躍中、あいかわらず女性にもてるのが憎らしい。大学受験の勉強法を描く「ドラゴン桜」はビジネスマンにとっても役立つノウハクが盛り込まれているし、イージス艦が太平洋戦争の真っ只中にワープして、日米決戦に巻き込まれていく様も「歴史のiF」結末が見えない面白さがあります。モーニングの連載は目が離せない、時代の空気を伝えてくれます。

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2004/10/25

孫悟空とお釈迦様の掌

西遊記に孫悟空がお釈迦の掌の上から逃げ出す場面がありましたね。きんとん雲に乗って一気に掌から飛び出します。飛んで飛んで飛んだ先に大きな柱にぶつかって、これが天上の終着点と落書きをして戻って来ると、お釈迦様は笑いながら孫悟空に指を見せます。その指には孫悟空が書いた落書きがあります。孫悟空が何度挑戦しても結果は同じでした。しかしこの話はお釈迦様は孫悟空がどんなに暴れても、悟りきって余裕をもって接していたと思わないほうがいと思います。どこまで許容できるかお釈迦様も必死になって孫悟空が指の間をすり抜けて飛び出すのを掌を広げ指を伸ばしている姿を想像してはいかがでしょう。社長と社員、夫婦、親子、お客様それぞれ自分の立場を置き換えると、写真は西安の夜店で見つけた孫悟空です。いま自分の戒めとしていつも机の上でこちらを眺めている孫悟空がいます。
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2004/10/19

白神岳の秋を満喫

昨年は秋たけなわの丁度今頃弘前に仕事を作ってもらったので、これ幸いとかねてから一度は乗って見たと思っていた五能線を北の端五所川原から東能代まで乗った。日本海に沿って下ると車窓から世界遺産の白神岳が見える。ぶなの原生林の秋、世界遺産さぞかし大勢登ってると思ったら思いのほかひとも少なくぶなの秋を満喫した。標高も1、239メートルと手ごろな高さだがそれが仇となったのか、深田久弥は白神岳を100名山に選ばなかったがそのことを後に深田久弥も残念がっている。100と限ったところに今日中高年の目標にもなったのだからやむをえないところであろう。標高1,500メートル以上の山とかぎらなければ必ずや選ばれた山だが選ばれなかった幸も多いと思う。山頂に立って北を望むと山並みのむこうに岩木山、東側は深々とぶなの山並みが続き、その先は太平洋だ。西は眼下に日本海が青々と広がり客船とおぼしき汽船が一筋の白い航跡を引きながら航行している。登る途中の水場で飲む水はぶなの落葉の中をゆっくりくぐりながら下ってくるせいかとても柔らかい味がする。北アルプスの雪解けの水とはまた違った美味しさで、渇きを癒してくれる。美味い水を味わえるのも山歩きの楽しみの一つだ。白神の秋ぶなの黄葉はあくまでも明るくまぶしいほどに輝いて、紅葉がみせる寂しさを感じさせない不思議な秋だ。
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白神山地の中腹にはぶなの森に抱かれて数多くの湖沼が点在している。その代表が十二湖、流石に観光客が大勢やってくる。白神山地を縦断する白神林道をバスで縦断するらしい。白神岳から奥へ歩く登山道が欲しいと思いながら山頂からもと来た道を下山したが、歩くことを楽しみにしてる僕としては、観光客を乗せたバスが折角の山地を縦断する姿はなにか割り切れないものを感じた。しかしこれとて五十歩百歩自然を汚す行為は山歩きも同じこころしておかねば。写真は十二湖の中でも第一の美しさ、瑠璃色の水を湛える青沼の湖面を撮ったものだ。湖面一杯にぶなの黄葉がちりばめ、秋の空とぶなの木々を映し込んでいる。ぶなの森林としては世界一の面積の白神山地を「環境の世紀」この21世紀に残せたことは日本人が世界に誇れる遺産だ。三十年後丹沢の悲劇を繰り返さないことを祈るばかり。
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  <白神の青地のシルク黄に染めてぶなの秋風さざなみかすか  雛鳳>
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2004/10/15

デフレが止まらない本当の理由

日本経済は1970年代からすでに供給力が国内需要を上回り供給力過剰を続けていて、長い間その供給力過剰を輸出ドライブで消化してきたのです。プラザ合意で輸出依存に凝り固まった頭に冷や水を浴びせられ、にわかに国内需要を拡大しょうした経済政策は過剰流動性を生みバブルを引き起こし、さらに供給力を増大する結果になりました。以後今日まで続いているデフレの原因はメーカー、スーパー、デパート等々製販挙げて長い間積み上げた供給力過剰の問題であって決して国内需要の不足の問題ではないのです。メーカーの供給力は時間の経過とともに技術も生産設備も陳腐化し、おのずから削減されますが、スーパーをはじめとする流通業は店舗と社員が供給力ですから、目に見えないところで陳腐化しているのに、目に見えるところは陳腐化しないので、みずからは気づかず供給力の削減がすすまないのです。
 ダイエーの整理が産業再生機構入りでどうにか最終決着がつきそうですが、遅きに失した感があります。すでに6、000億円を超える公的資金という名の国民の血税を投入しています。それでも相変わらずの安売り体質に変化は見られず,同業他社の足を引っ張るだけで業績も回復していません。今度の産業再生機構の再生スキームでさらに4、000億円以上の血税が投入されるようです。これでホラー映画のゾンビのように生き返ったら、迷惑するのは大手スーパーや地元で必死に努力している中小スーパーではないでしょうか。特にダイエーに恨みがあるわけではないのですが、ダイエーに象徴される企業再生の仕組みがデフレが終わらない本当の原因だと思うのです。政府はバブル崩壊後の14年間国内需要不足を理由に公共工事に税金を投入し、流通救済、銀行救済、ゼネコン救済と供給側を守る経済政策に終始してきました。資本主義の世の中勝ち組だけで運営している政府も、勝ち組と思っている主流の経済学者も勝ち組の供給側に立って物事を考え問題解決をしてしまうのでしょう。デフレの原因は供給力の過剰ですから、救うべきは事業に失敗して債務過剰で駄目になった企業ではなくて、整理したときに影響を受ける中小企業や社員など弱者の側なのです。乱暴なようですが一度負けた企業が退場して供給力削減がすすまない限りデフレは止まらないのではないでしょうか。一言付け加えるなら、青臭いと思われるかもしれませんが「価格破壊」一辺倒ではなく、作り手、売り手、買い手三者が満足できる、共生できる価格を模索し続ける「信頼」を日本経済に取り戻したいものです。「信頼」ほどコストの安いものはないのですから。
 負け組みとは勝ち組同士の闘争に敗れた者のことではなくて、いつも闘争のとばっちりを受ける弱者であり、その弱者が救われない社会は極めて不安定な、悲惨な、危険な社会になると思うのです。


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2004/10/14

アンコールワットで見つけた四猿から

二年前にアンコールワットを訪ねました。アンコールワットはシェムリアップの町に滞在して観光することになります。四泊というのんびりした旅行でじっくり七世紀から十二世紀クメールの熱帯ジャングルに繁栄の跡を年代順に辿ることができました。海外旅行では恐る恐る夜の町を歩いて珍しい小物を見つけるのが楽しみです。露店で珍しい小物を見つけると小躍りして、旅の目的はすでに達したような気になります。シェムリアップの夜の露店で写真の四猿を見つけたました。日本では三猿は当たり前ですが、この四猿はみたことがありません。四匹目は「せざる」というのでしょうか?インド独立の指導者マハトマ・ガンジーは身の回りの生活必需品以外なにも持たなかったそうですが、その数少ない身の回り品の中に三猿があったそうです。又聞きの話ですがマハトマ・ガンジーの不服従運動と三猿が縁があって、その三猿は日本人がプレゼントしそうですから、なんとなくうれしいですね。
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今年は申年なので、年賀状はこの四猿を中心に三猿、四猿、五猿としました。縁とは不思議なもので、このブログをはじめるきっかけを作ってくれた、久米信行さんの縁で出会った太田空真さんから五猿を見せてもらいました。すぐに僕は三猿、四猿を持ってるのでこの五猿は是非僕のところにと一つしかない五猿を貰い受けてしまったのです。三猿を転化した「見よう」「聴こう」「語ろう」までは時折見かけますが、「考えよう」「行動しよう」の二猿がいいですね。「せざる」に「マサルととも劣らない発想です。「考えて行動しよう」五猿が語りかけるものは、いまの日本人には意味が深いですね。五猿の作者にはまだお目にかかったことはないのですが岩田芳春さんという方です。作者によると
「聴こう、観よう、語りあおう、思考しよう、行動しよう」キーワードは「君かしこ」だそうです。
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2004/10/10

狂牛病と全頭検査と小泉政権

狂牛病が発生した理由は生態学的に考えれば簡単な理由です。共食いが原因ではないでしょうか。生物の摂理としては原則的に共食いはしない仕組みになっています。人間と、猿の一部にはカニバリズムがありますが、それも例外的なものです。共食いとは同種の個体を食物として摂取することです。同種の個体を食べると、病気が移ってしまうかので、おのずから(神といってもいいのですが)禁じているのでしょう。ところが狂牛病は、牛の肉骨粉を飼料として牛に与えたことで世界の牛に急速に広がってしまったものです。狂牛病は運悪く人にも感染するのです。これ以上広げないことが急務です。今日本が実施してきた全頭検査を農水省は外食産業の輸入解禁圧力、アメリカ政府の輸出解禁圧力に屈して「科学的根拠がない」という理由で中止にしようとしています。ここにも経済性という名の拝金主義が覗いています。全頭検査を続ければ、そこに仕事が生まれます。雇用の機会が失われつつある今日、仕事が生まれることはいいことです。仕事にお金を払って、それを価格に反映すればいのです。雇用は消費を生みます。
 全頭検査で困るのは吉野家くらいでしょう。吉野家は経営としては決してやってはいけない、自社の命を一点(アメリカ産牛肉)にかけて、自社の命と引き換えにコストを下げ、価格を下げ、拡大し利益を上げてきたビジネスモデルです。その失敗のつけと一般の我々の命のリスクを道連れにする必要はないのではないでしょうか?検査料を原料コストに転嫁して、もしそれで採算が合わなければ牛丼の価格を上げればいのです。吉野家としてはそうすると、今まで駆逐してきた他のファーストフードとの優位さを失ってしまう恐怖があるのでしょう。「お客様が求めている」といっても日本人すべてが求めているわけではないのですから、農水省はアメリカの大統領選挙のご祝儀に日本人の命のリスクを差し出そうとしていることに我々は気づかないといけないのです。全頭検査に意味があるとか無いという論争に持ち込まないで、日本人の感覚的に嫌なものは嫌という感性を大事にしたいものです。そのデリカシーが世界一の工業製品を作ってきたのですから、自信を取り戻して農業分野といわずあらゆる分野にデリカシーを適用していきたいものです。むしろこのデリカシーこそ輸出したいものです。必要な労力はコストとしてかければいのです。世界中に労働力は余っているのですから。といいつつ全頭検査が後退するのは不可避なのでしょう。小泉政権のスタート時に大きな期待をしてしまった自分の不明を恥じるばかりですが、それにしても道路公団、イラク派兵、年金問題、郵政民営化これほど期待と失望の落差の大きい政権も物心ついてからはじめての経験です。

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2004/10/06

西遊記と三国志演義

日本では西遊記と三国志演義では圧倒的に三国志に人気があります。ところが15年ほど前、縁あって中国人の友人ができました。かれは日本人は三国志が好きですが、中国では「子供には三国志を読ませるな、西遊記を読ませろ」「三国志は大人になってから」という教えがあるといいます。三国志演義を読むと必ずといっていいほど劉備、諸葛孔明、関羽が好きになってしまいます。それは日本人も中国人も同じです。主役は桃園の契りで死ぬときは一緒と義兄弟の契りを結ぶ、劉備、関羽、張飛、そして劉備が三顧の礼で迎えた諸葛孔明です。企業に喩えると、兄貴分の劉備を社長にして三人の仲間で会社を立ち上げますが、徳望の高い社長(劉備)と信望のある専務(関羽)豪腕の営業担当常務(張飛)でいくら頑張っても、会社は利益もでない赤字続きの零細企業のままです。自分たちには戦略が欠けていることに気づき、諸葛孔明を戦略担当室長に迎えてからの劉備の会社は順調に成長して一時はシェア30%を取るところまでなります。しかし魏、呉、蜀三国ではあくまで魏が中央政権で、劉備の蜀はローカルな弱小政権なのです。真の英雄は曹操、庶民は庶民感情から同情心、判官贔屓で自分の境遇を投影して劉備を好きになり劉備の政権を応援します。西遊記の主人公孫悟空は有り余るエネルギーで大暴れ、時々悪さもしますが妖怪、悪魔を痛快にやっつけ、のびのび大活躍です。子供のときにローカルなものに自分を投影してはいけないというのが中国人の思いなのだそうです。
流石に中華思想のお国柄、西遊記の夢を存分に刷り込んで、大人になって分別がついたら三国志演義を読むのだそうです。子供の教育としてはとても理に叶っています。しかしいまさら我が家はすでに子育ても終盤もう手遅れです。自分自身も雑誌小学六年生の付録で三国志演義の抄訳を読み、最終章「秋風五丈原、死せる孔明、生ける仲達を走らす」にしびれたものでした。すっかり諸葛孔明の大ファンです。長男が小学六年に進級したときに横山光輝の漫画三国志を全巻買い込んで机の上にどんと積み上げて、しっかり右脳に刷り込んでしまいました。もう手遅れ、当然息子も諸葛孔明の大のファンです。

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2004/10/04

悪意なき欺瞞

小泉改造内閣は郵政民営化を最優先課題として発足し、竹中平蔵を担当大臣に据えました。小泉政権は政権発足以来構造改革を旗印に掲げていますが本当に改革は進んでいるのでしょうか。ジョン・K・ガルブレイスの新著「悪意なき欺瞞」を読んで、この小泉政権の掲げる改革の裏にもガルブレイスの「Innocent-Ffaud]を秘めてるように思えてきました。訳者は「悪意なきー欺瞞」と訳しましたが、辞書を引くと「Innocent」には「無邪気な」「無害な」といった意味もあり、「Fraud」には「詐欺」といった意味もあります。ガルブレイスはこの本の中で「資本主義」「市場システム」「株主主権」といった日常当たり前に使われている経済用語の中に潜む欺瞞を明らかにしています。
 規制緩和を掲げ「教育、医療の株式会社の参入を認めよ」と、株式会社にすればなんでも解決するという風潮にもこの「Fraud」のにおいを感じます。自立、自己責任と声高に叫ぶ裏にも弱者切捨てを正当化する強者の論理が見え隠れしています。努力が報われる社会という美名も、もっともらしく反論の余地もないように聞こえてきますが、誰が唱えてるのかを見極めることが大事です。バブルの後始末として公的資金という名の税金が投入されているのに、個人レベルではバブル期に購入したマイホームの債務で破綻した個人は自己責任の原則のもとに放置されています。これらの矛盾がどうして起きているのか。ガルブレイスはリベラル経済学の泰斗という立場から解き明かしてくれています。あとがきの中で訳者の佐和隆光教授はアダムスミスの「『自由放任』私利私欲の追求が全体最適をになる」というFraudに対して、インドのノーベル賞受賞経済学者アマルティア・センの「個人、そして企業の行動規範は、私利私欲の追及に尽きるわけではない。使命感(コミットメント)と他人への思いやり(シンパシー)が私利私欲の追求に劣らぬ行動規範なのである」に共鳴すると述べています。この「使命感と思いやり」を信じて取り戻すことが著者そして訳者がこの本に込めた願いなのではないでしょうか。
 一言付け加えるとこの本を読んで納得するだけでは駄目だと思います。流れに棹をさして流されることでもなく、ただ流れを眺めるのでもなく、この「Innocent-Fraud]の止まらない流れを見つめつつ、その上であらためて自分自身の自立、自律を求めてくことが大事なことのように思います。
 

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2004/10/02

野茂の切り開いた道

熱心な野球ファンではない私でもこのところ毎日イチローのヒットが気になっていました。日米の野球ファンがイチローの積み上げる一本一本を注視してきましたが、それも残り一本になりました。松井秀喜のホームランも31本と日本人が連日メジャーリーグで大活躍です。この日本人の活躍のきっかけを作ったのはなんといっても野茂のおかげです。野茂は日本に残れば年収一億数千万円を約束されていたのですが、躊躇することなくすべてを捨ててメジャーリーグを目指しました。当時のメジャーリーグはストラキが続き人気もどん底でした。野茂はそのどん底へむかって年収800万円のテスト生として第一歩を踏み出したのです。以後野茂の活躍に続けと日本の選手が大リーグを目指すようになり、近年は契約金、年俸など経済的にも恵まれた条件で渡米しイチロー、大魔神、松井と大活躍で、われわれも楽しませてもらっています。日本人のメジャーリーグでの活躍を見るたびに、誰がいかに活躍しようと、この野茂の決断と行動を思い起こし、藪の中に一筋の踏み跡を残した野茂英雄に拍手を送りたいのです。いま振り返るとあのときが日本のプロ野球が進化した瞬間です。今秋のライブドア、楽天の新球団旗揚げも日本の野球界にとって新たな進化の兆しを予感する出来事です。
 原価管理の世界では、この野茂が捨てた一億数千万円を意思決定のための機会原価(オポチュニティコスト)といいますが、人生には「捨てることによってしか得られないもの」がいかに多いことか。老中になっても、なかなか捨てられないことばかり「捨てる勇気」を持ちたいものです。 

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