« 野茂の切り開いた道 | トップページ | 西遊記と三国志演義 »

2004/10/04

悪意なき欺瞞

小泉改造内閣は郵政民営化を最優先課題として発足し、竹中平蔵を担当大臣に据えました。小泉政権は政権発足以来構造改革を旗印に掲げていますが本当に改革は進んでいるのでしょうか。ジョン・K・ガルブレイスの新著「悪意なき欺瞞」を読んで、この小泉政権の掲げる改革の裏にもガルブレイスの「Innocent-Ffaud]を秘めてるように思えてきました。訳者は「悪意なきー欺瞞」と訳しましたが、辞書を引くと「Innocent」には「無邪気な」「無害な」といった意味もあり、「Fraud」には「詐欺」といった意味もあります。ガルブレイスはこの本の中で「資本主義」「市場システム」「株主主権」といった日常当たり前に使われている経済用語の中に潜む欺瞞を明らかにしています。
 規制緩和を掲げ「教育、医療の株式会社の参入を認めよ」と、株式会社にすればなんでも解決するという風潮にもこの「Fraud」のにおいを感じます。自立、自己責任と声高に叫ぶ裏にも弱者切捨てを正当化する強者の論理が見え隠れしています。努力が報われる社会という美名も、もっともらしく反論の余地もないように聞こえてきますが、誰が唱えてるのかを見極めることが大事です。バブルの後始末として公的資金という名の税金が投入されているのに、個人レベルではバブル期に購入したマイホームの債務で破綻した個人は自己責任の原則のもとに放置されています。これらの矛盾がどうして起きているのか。ガルブレイスはリベラル経済学の泰斗という立場から解き明かしてくれています。あとがきの中で訳者の佐和隆光教授はアダムスミスの「『自由放任』私利私欲の追求が全体最適をになる」というFraudに対して、インドのノーベル賞受賞経済学者アマルティア・センの「個人、そして企業の行動規範は、私利私欲の追及に尽きるわけではない。使命感(コミットメント)と他人への思いやり(シンパシー)が私利私欲の追求に劣らぬ行動規範なのである」に共鳴すると述べています。この「使命感と思いやり」を信じて取り戻すことが著者そして訳者がこの本に込めた願いなのではないでしょうか。
 一言付け加えるとこの本を読んで納得するだけでは駄目だと思います。流れに棹をさして流されることでもなく、ただ流れを眺めるのでもなく、この「Innocent-Fraud]の止まらない流れを見つめつつ、その上であらためて自分自身の自立、自律を求めてくことが大事なことのように思います。
 

|

« 野茂の切り開いた道 | トップページ | 西遊記と三国志演義 »

コメント

>強者というのも少し変わってきているように思います
僕はもう少し厳しく見ています。今のイラク問題です。強者がむき出しに力を振るってきます。大企業のリストラも手流は同じではないでしょうか。その現実を見据えつつ、自分はそれにどっぷり浸かることなく、その流れに飲み込まれないように力をつけていくことだと思っています。芥川龍之介の「侏儒の言葉」の中に次の言葉があります。
「強者は道徳を蹂躙するであろう。弱者は又道徳に愛撫されるであろう。道徳の迫害を受けるものは常に強弱の中間者である」

投稿: 懐中電灯 | 2004/10/05 21:26

綺麗な言葉に何も考えず拍手することがよくあります。その裏について考えたことは、あまりなかったですね。自由放任にすると、なるほど強者が残るのはあたりまえですね。
 希望的観測かもしれませんが、強者というのも少し変わってきているように思います。以前はBIGが讃えられていたと感じたんですが、小さいからこそできるコトもありますよね。これが先生が最後に書かれているコトかなと勝手に解釈しています。

投稿: 山本権兵衛に憧れて | 2004/10/05 06:27

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50017/1582916

この記事へのトラックバック一覧です: 悪意なき欺瞞:

« 野茂の切り開いた道 | トップページ | 西遊記と三国志演義 »