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2004/10/10

狂牛病と全頭検査と小泉政権

狂牛病が発生した理由は生態学的に考えれば簡単な理由です。共食いが原因ではないでしょうか。生物の摂理としては原則的に共食いはしない仕組みになっています。人間と、猿の一部にはカニバリズムがありますが、それも例外的なものです。共食いとは同種の個体を食物として摂取することです。同種の個体を食べると、病気が移ってしまうかので、おのずから(神といってもいいのですが)禁じているのでしょう。ところが狂牛病は、牛の肉骨粉を飼料として牛に与えたことで世界の牛に急速に広がってしまったものです。狂牛病は運悪く人にも感染するのです。これ以上広げないことが急務です。今日本が実施してきた全頭検査を農水省は外食産業の輸入解禁圧力、アメリカ政府の輸出解禁圧力に屈して「科学的根拠がない」という理由で中止にしようとしています。ここにも経済性という名の拝金主義が覗いています。全頭検査を続ければ、そこに仕事が生まれます。雇用の機会が失われつつある今日、仕事が生まれることはいいことです。仕事にお金を払って、それを価格に反映すればいのです。雇用は消費を生みます。
 全頭検査で困るのは吉野家くらいでしょう。吉野家は経営としては決してやってはいけない、自社の命を一点(アメリカ産牛肉)にかけて、自社の命と引き換えにコストを下げ、価格を下げ、拡大し利益を上げてきたビジネスモデルです。その失敗のつけと一般の我々の命のリスクを道連れにする必要はないのではないでしょうか?検査料を原料コストに転嫁して、もしそれで採算が合わなければ牛丼の価格を上げればいのです。吉野家としてはそうすると、今まで駆逐してきた他のファーストフードとの優位さを失ってしまう恐怖があるのでしょう。「お客様が求めている」といっても日本人すべてが求めているわけではないのですから、農水省はアメリカの大統領選挙のご祝儀に日本人の命のリスクを差し出そうとしていることに我々は気づかないといけないのです。全頭検査に意味があるとか無いという論争に持ち込まないで、日本人の感覚的に嫌なものは嫌という感性を大事にしたいものです。そのデリカシーが世界一の工業製品を作ってきたのですから、自信を取り戻して農業分野といわずあらゆる分野にデリカシーを適用していきたいものです。むしろこのデリカシーこそ輸出したいものです。必要な労力はコストとしてかければいのです。世界中に労働力は余っているのですから。といいつつ全頭検査が後退するのは不可避なのでしょう。小泉政権のスタート時に大きな期待をしてしまった自分の不明を恥じるばかりですが、それにしても道路公団、イラク派兵、年金問題、郵政民営化これほど期待と失望の落差の大きい政権も物心ついてからはじめての経験です。

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コメント

全頭検査の経過の様なことが以前にもあったような気がします。工事現場などで見る『安全第一』も事故が大変多かった。そこで多少コストがかかっても安全を第一にということで、あの言葉が掲げられるようになったと聞いたことがあります。すると、予想外に仕事が効率良くなったと。少し違うかもしれませんが安全第一を守ることがモチベーション、信用等になるのですよね。本当に日本はどうなるのでしょうか?

投稿: 山本権兵衛に憧れて | 2004/10/11 06:56

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