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2005/02/06

贅の極み

<2004年10月18日晩秋の金峰山山頂5:40分日の出直前の七色の富士山と雲>
PICT0125昨年10月に奥秩父の主脈の半分を三日間縦走しました。甲武信岳から国師岳を経て、金峰山までのコースです。おまけに隣の独立峰の瑞牆山に登り、奥秩父の岩峰原生林と標高2、500メートルの眺望を堪能してきました。土曜日の夜は山小屋は定員の2倍を超える登山客で一杯、一畳に二人寝る超満員ですが日曜日の夜はたった10名隣のいびきも風の音に混じって聞こえてくる程度です。金峰山を30分下ったところに山小屋があり、若い夫婦が二人でほほえましい風情で経営しています。夕日を仰ぎ、ご来迎を仰ぐには絶好の位置にあります。金峰山も標高2、599メートル百名山に相応しく東南に富士山、南アルプス、中央アルプス北アルプス、八ヶ岳、浅間山の噴煙、尾瀬から日光へ続く山並みが360度の展望で眺めることができます。昨日まで喘ぎながら歩いてきた奥秩父の主脈が延々と雲取山まで続いています。日ごろからお節介焼きで嫌われるのですが、小屋の夕食で明朝のご来迎の素晴らしさ、たった一時間早起きして30分登れば写真のような素晴らしい眺望を味わうことができることをアピールして10人の同宿者に早朝の出発をすすめました。
<5:48分ご来迎を仰ぐ>
PICT0128翌朝日の出の前後一時間頂上に立つと、太陽は昇る前から光の魔術師の本領を発揮して、山々の襞の重なり、岩峰の陰、雲の色を刻々と様々に染め上げていきます。若い頃登った山、老中に登った山ひとつ一つ、それぞれの風情でただそこに陣取っています。二時間光の魔術を楽しんでいましたが、とうとう前夜の同宿人は一人も登ってきません。インスタントラーメンのモーニングパーティをたった一人、これこそ”贅の極み”というのでしょう。「目に見えるモノの贅沢」は簡単に伝えることができますが、すでに頂上直下にいて手を伸ばせばこの贅沢が味わえるのにと思いながら「目に見えないモノの贅沢」を味わったことのないひとに言葉で伝え、ひとを動かす難しさをあらためて味わいました。味わいながらも老中になっても心の隅でこの贅を独り占めにしてほくそえんでいる自分がいる嫌らしさも味わった光のページェントでした。
<6:15分茅が岳、南アルプスを背に五丈岩>
PICT0135金峰山のシンボルはなんといても五丈岩です。誰がなんのために積み上げたのかと想像をたくましくする山岳信仰の山、赤い鳥居が元気な若者に「さあ岩の頂上までおいで」と招いています。さらに西を見ると少し標高の低い独立峰の岩峰を麓から晒して、「さあついでは許さないよ、麓まで下りて金峰山の匂いを消してからおいで!」と招いています。柔らかな両肩をなだらかに落としながら瑞牆山の影を抱いているのが蓼科山、寂しげながら、孤高を保っている男の象徴が瑞牆山なら、それを後ろで支え包んでくれる女性の象徴がこの蓼科山です。

<6:20分朝日を受けて蓼科山に影を映す瑞牆山>20041018ひとりでただひたすら汗にまみれながら尾根を歩いていると、いつの間にか下界のことを考える余裕が無くなっている自分に気が付きます。マラソンの経験はないのですが、ひよっとするとこれがマラソン・ハイという現象なのかもしれません。若い頃には味わったことのない快感です。きっとこの快感が下山しながら次はどこに登ろうかと思案させるのでしょう。下山の途中に昔は信玄の隠し湯といわれ、今ではデラックスな日帰り温泉までできている増富ラジウム温泉があります。じっくり湯に浸かりひとり山歩きの適度な孤独感を洗い流して、夕暮れの中をバスで山を下ってきました。奥秩父の主脈は関東の雲取山を振り出しに甲武信岳を経て金峰山まで四日間で縦走できます。雁坂峠から三条の湯の間をまだ歩いていないので、来年はいっそ四日間通して歩こうかと、まだ歩いていない尾根筋の緑や空の青さ、笹の匂いを思い起こしながらの下山でした。

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コメント

どんなことも始めは経験がないので、何事も少しずつ確実に経験を積み重ねる習慣をつけるといいですね。すべて何かを捨てて別な何かを得ているという事実に気がつくだけです。お金を捨てて食事を買う、車を買う、自分の時間を捨てて仕事をしてお金を得るといった具合です。欲張りの年寄りが壷に手を突っ込んで抜けなくなってしまったので、壷を割ったら中でしっかり金平糖を握っていて離さなかったという昔話がありました。昔話には欲張りの年寄りの話が多いですね。
 日本の山は冬の積雪期を避ければまったく問題はありません。九州の山は久住連山を歩いて法華院温泉に泊まりました。いい山歩きでした。

投稿: 懐中電灯 | 2005/02/07 21:51

素晴らしい光景ですね。先生の影響で山を歩きたいと思っているのですが、経験の無い私がここに行けるのはいつの日かと遠い物を見る感覚になります。下界から離れたことがない私の発想では『時間が無い、何が無い』とそんなくだらない発想になってしまいます。『捨てなければ得られない』発想を変えるのは難しいです。

投稿: 山本権兵衛に憧れて | 2005/02/07 08:21

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