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2005/02/26

「The art of Tinking」

中堅企業の原価管理担当で「能率」「効率」「ムリ、ムラ、ムダの排除」「コストダウン」とカリカリしながら仕事をしていた30歳の頃、社内の研究開発担当の先輩に「お前はどうしてそんなにカリカリしているんだ、この本を読め!」と二冊の本を薦められました。一冊はこのブログの乱読のすすめですでにご紹介した今西錦司著「進化とは何か」もう一冊が立花隆著「思考の技術」です。この二冊(この本を薦めてくれた先輩)が知らず知らずのうちに自分の歩く道を少しずつ変えていきました。この先輩に出会わなかったら、二冊の本に出会わなかったら、自分はどう生きていたのか、二つの道を同時に歩くことは出来ないので確かめるすべはありません。

立花隆の「思考の技術」は昭和46年に出版された本です。サブタイトルが「エコロジー的発想のすすめ」でした。経済大国のアメリカ、中国が参加していないという問題はあるものの京都議定書が発効し、楽観はできませんがともかく先進国の多くは環境破壊を抑える方向へ動き出しました。日本の大企業も環境経営を標榜する企業が多くなりました。立花隆はすでに34年前、日本列島が水俣病、四日市喘息に代表される経済活動に起因する環境破壊の真っ只中に「生態学思考のすすめ」を説いていたのです。この本の冒頭で「テクニカルな思考技術の解説をめざしてはいない。私は、この本で、現代の危機と『ものの見方・考え方』を考えて見たかった」「公害問題の深刻化とともに、にわかに生態学が注目を浴びはじめた。早とちりのジャーナリズムは、生態学を現代の救世主であるかのごとく宣伝している。しかし、生態学それ自体は何も救うことはできない。必要なのは、生態学的なものの見方である」と書いています。
 日本人の多くは「技術→テクノロジー→テクニック」と技術という言葉を狭く狭くとらえてしまいますが、哲学で包んで広く大きく捉える必要があります。原本が手元になくさだかではないのですが、学生のころ英語の授業で、たしかアンドレ・モーロワの英訳本だったと思いますが、「The art of Living」を読みました。アンチョコ代わりに翻訳本を手に入れると「生活の技術」と訳されていました。立花隆の「思考の技術」も、もし翻訳するとすればきっと「The art of Tinking」と翻訳することになるのでしょう。個々人がより良く生きるためにも個々人それぞれの「思考の技術」を磨いていきたいものです。老中を生きるようになって、振り返って見ると自分にとっては「棲み分け思考」「生態学思考」が重要な「思考の技術」になっていました。日経新書ではすでに絶版になっていたので、縁者に紹介するのをあきらめていたのですが、今回念のためアマゾンで検索したところ、なんと中公文庫で復刻されていました。「在庫3冊お早めに」とあったのでおもわずうれしくなって買占め?てしまいました。まだ販売中なので近々「乱読のすすめ」にも掲載します。
 

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コメント

artと聞いて私は芸術を連想しました。『美』という言葉を意識すれば何かが変わるのでは?とおもいます。闘争に美を見出す人もいるかもしれませんがその様な刹那的な美ではなくて、皆の美と言いますか?私の中では、それが生態学的なものの見方かなと思います。

投稿: 山本権兵衛に憧れて | 2005/02/27 19:13

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