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2005/02/25

食糧自給率の怪

2月21日の日本経済新聞に興味深い記事が載っていました。「統計のウソ」というタイトルで、日本の食糧自給率は40%か70%かはたしてどちらが本当かという話です。カロリーベースでは40%、金額ベースでは70%です。政府の統計では1987年度までは金額ベースだったのに88年度からカロリーベースを併記するようになり、95年度からは金額ベースは姿を消して、カロリーベースだけになっているそうです。「自給率が低い、だから米を守るべきだ」という方向へ誘導をしたいようです。一見農家を保護する格好をみせていますが、農家はだから米を作っていれば大丈夫などと考えていてはいけないのです。

米が余っているのは自明のことなので、ここから読み取るのは自給率70%ということは、お客様はカロリー当たり単価の高いものは国内のものを食べているといると解釈したほうがいいようです。情報社会という目に見えないものを売買する時代、食事も産業社会の筋肉労働の時代とは明らかに変わってきていて、労働の再生産のためにカロリー補給で食べているのではなく、どうしたら肥満にならないで、美味しいものを沢山食べられるかに腐心しているのです。同じカロリーなら美味しいものを少し、カロリーが少なくて美味しいものがあればそのほうがありがたいのです。腹で食べるのではなく、眼、耳、鼻、舌、触五感で食事をする時代ですから、金額ベースの自給率が70%という情報を採用したほうがいいと思います。日本のお客様は手間暇かけた単価の高いものを中心に食べているということです。それなら、同じお米なら美味しくて、カロリーの少ないものを作ることができれば高い値段で売ることができるはずです。時間当たり賃金の高い日本人が今の生活を維持していくためには高付加価値のものを作るか、アジア諸国やメキシコなどの農民と同じくらいまで時間当たり賃金を下げて作る以外に方法はないのです。もちろん自然環境保護の観点からも田んぼは守るべきですが、美味しいお米を作ることができる田んぼを残し、戦後井戸を掘って、畑を無理やり田んぼに換えてまで増産した美味しくないお米も一律減反「悪貨が良貨を駆逐する」愚は早くやめたほうがいいと思います。農家もいざと言うときにあてにならない政府に頼ってぐずぐずしていないで、自立の道を急いだほうが生き残る近道だと思います。
 塩野七生がローマ人の物語第五巻の冒頭にローマの英雄ユリウス・カエサルの言葉の中で最も好きな言葉として次の一句を紹介しています。「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くのひとは、見たいと欲する現実しか見ない」この言葉は「多くのひと」の中の一員である自分自身の戒めとして座右に置いている一句です

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コメント

ひとは皆裸の王様です。自分に耳障りのよい情報しか取らないのです。いつも鏡の前で「自分は裸の王様になっていないか」と自問していないと、相手の都合にがんじがらめに絡め取られてしまうことになります。気がついたら安楽死です。

投稿: 懐中電灯 | 2005/02/27 18:28

そうですよね。経常利益が赤字でも減価償却が大きいから。なんていうのは、良い例ですね。現実を真直ぐ見ないといけませんね。

投稿: 山本権兵衛に憧れて | 2005/02/25 08:14

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