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2005/04/27

ユーラシア大陸という視点

日本人が韓流ブーム、中国経済の発展でうまくいっていると思っていた矢先に、突然の出来事で戸惑うばかりですが中国、韓国の反日デモが喧伝されています。目先足元ばかり見て、「見たくないもの」から眼を逸らしていると「見たくないもの」が突然のように飛び出してきますが、それは突然ではないのです。時には焦点を遠くに合わせてみておくことも大事なことでしょう。そうすれば、この反日デモの騒ぎも落ち着いて見ることができます。
 2002年4月にはじめてイギリスへいきました。日本海を北上して、函館付近から凍てついたシベリアの上空をひたすら13時間西へ西へと飛んでいきます。地上には道らしき直線の上に、ぽつんぽつんと灯かりが人の存在を知らせています。地図で見慣れたスカンジナビア半島上空から南に下り、左手にオランダが見えるともうイギリスです。世界地図を再めて眺めてみると、東の果て日本列島から西の果てイングランドまでユーラシア大陸を端から端まで渡ったことになります。そこでユーラシア大陸の存在に改めて思いを馳せることになりましたこれがこの旅の最大の収穫です。朝鮮半島からフランスまで地続きです。なぜイギリスと日本がアメリカのイラク攻撃を真っ先に支持するのか、小泉さんのように諸手を挙げて支持するかどうかは別にして、なんとなく地政学的に理解することができます。日本に戻って早速杉山正明著「遊牧民から見た世界史」「逆説のユーラシア史」を読んでみました。中国から見ていたシルクロードも違って見えてきました。

 若いころ学校で学ぶ歴史は、日本史、世界史、東洋史という区分でした。世界史といってもその中身はギリシャ・ローマに始まるヨーロッパ史が中心であり、東洋史の中身は中国史だったのです。ユーラシアの中央部遊牧民の国家の興亡から、といった視点で世界史を見ていないのです。匈奴、突厥、モンゴルは中国からの視点、ローマ帝国滅亡の原因と言われているゲルマンの大移動もユーラシアの中央部の国家興亡の影響から発しています。古代の文明はむしろユーラシア中央部に発展し拡がったと見るほうが筋がとおっているようです。国家や民族の成り立ちも、今のように固いものではなく、もっとあいまいな緩やかなものだったようです。そして日本人は太平洋戦争のトラウマから軍事力については、平和主義といってあまり語りたがりませんが、国家や民族の核は軍事的勢力が担っていたという事実です。イラク、北朝鮮問題も、中、韓の反日デモの問題も、一度ユーラシア大陸という視点で日本のおかれている位置、立場を考えてみると見えてくるものもあるのではないでしょうか。フランスがドイツを巻き込んでEUをまとめ、ルーマニア、ブルガリアを加え27ヶ国に拡大、ユーラシア大陸の西の果てから東漸しつつあります。ユーロで基軸通貨ドル(唯一の紙切れ通貨)のくびきから脱することができれば、米国の覇権から自立することができるでしょう。世界の安定には第三極が必要ですが、さて日本がアジアをまとめることができない以上、アジアは中国を中心にまとまることができるのでしょうか。もしまとまったら日本の立場はどうなるのか、EUに加盟してはいるものの、ユーロに加わわらないイギリスの立場に似ているようでもあります。日々の生活にも居間に一つ、地球儀が必要な時代になりました。
    

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コメント

多くの視点から出来事を見るコトは大切なことですよね。教えられた事、多数派の意見に賛同するのは一時的な安心感がありますよね。でも、もう一歩踏み込むなら違う視点で何通りも視るコトは新たな発見に繋がりますよね。今の原油高も石油から代替できる物を探す良いチャンスですよね。アメリカが代替燃料の開発に補助金を出す、天然ガスからディーゼルの代替燃料を生産するなど、色々な動きも原油高の恩恵ですよね。

投稿: 雑草 | 2005/04/27 08:14

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