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2005/04/12

インカの遺跡とカソリック

ローマ法王ヨハネ・パウロⅡ世が亡くなりました。パウロⅡ世は十字軍遠征の過ちを詫びてイスラム世界と和解したり、アメリカのイラク攻撃に反対したり、積極的に平和に貢献しました。これが宗教のもつ真の力を結集する始まりになって欲しいですね。日本の仏教界も是非世界平和のために声を大にしてして欲しいですね。次期法王の選挙コンクラーベにラテンアメリカの枢機卿も参加しているそうです。昨年インカの遺跡を見たいとペルーを旅したのですが、インカの遺跡は破壊され残っていないのです。インカ帝国の中心都市クスコの町でもインカの太陽神の神殿はすべて破壊され、残っているのは礎石だけです。その礎石の上にカソリックの教会が立っています。あれから五百年余り今ではペルー国民の95%はローマ・カソリックです。

ピサロは侵入するとインカの宗教施設を破壊して、インカの神を殺して、神の名の下に相手の心を征服してしまうのです。それからじっくり追い詰めていきます。日本でいえば伊勢神宮、東大寺を破壊してその上に教会を建てるような所業です。日本は東海の小島にいて大規模な侵略を受けず幸せな民族でした。時宗が無謀にも戦って、奇跡的に水際で防いでくれたお陰です。もしかしたら我々もいまごろイスラム教に帰依していたかもしれませんね。
 インカ帝国が栄えたのはたった百年足らずですが、チチカカ湖の近くで勃興したインカ族は次々にプレインカの部族を制圧していきます。リマの郊外にあるパチャカマ神殿もパチャカマ族をインカが制圧したのですが、制圧たインカはそのままパチャカマの信仰を認め、パチャカマの日干し煉瓦の神殿を破壊することなく、以前の神殿よりさらに高いところに日干し煉瓦で新たに神殿を建てます。この日干し煉瓦の神殿もいまではすっかり破壊され、ほとんど泥の山になっています。ローマ帝国が繁栄したのも他民族の信仰をそのまま認めた多神教にあったといわれています。有名な広大なアンデス山脈一帯に張り巡らされてインカ道もエジプトのピラミッド建設と同じように農閑期の公共工事として税を還付しながらつくったそうです。
 帝国というと我々は近代欧米の植民地帝国を想起しますが、インカやローマの帝国はそれとは似ても似つかぬものであったことは是非確認しておきたいことです。我田引水かもしれませんが、ローマ、インカ共通しているのは農耕部族の国家であったことです。過去の歴史をみるときについ現在の自分の価値観でみてしまいがちですが、気をつけなければいけないことですね。
            泥と化す神の棲かをたどりつつ 暴力の下の無力さを憂う
                                                  雛鳳

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コメント

力の前には何もかもが屈してしまうのでしょうか?ふと思い出したものが。私が生まれ育った天草の歴史です。天草島原の乱です。あの様に激しい弾圧をうけた過去があるのに今でも数多くのクリスチャンがいらっしゃいます。一番身近な歴史に答えは隠されているのかもしれませんね。

投稿: 雑草 | 2005/04/13 09:48

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