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2005/05/28

社員(労働者)受難の時代

好きな言葉ではないのですが、ここではあえて労働者といいますが、北千住の踏み切り事故、尼崎の脱線事故ともに鉄道に関する事故が連続しておきました。その責任が現場の社員(労働者)に責任を課せられています。もちろん直接的な原因は現場の当事者にあるのはもちろんです。したがって社内に対する責任は本人にありますが、社会(お客様)への責任は会社、その上司、経営者にあるはずです。会社とお客様の間で板ばさみになった社員は事故がおきない限りその重圧から開放されません。誰も現状を改善しようとしないからです。「ムリ、ムラ、ムダの排除」「能率、効率」「コストダウン」という経営者のもっともな?要望に答えなければ自らの存在理由を問われるからです。そして事故が起きると当事者の責任が強調されます。

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2005/05/26

トルコという国(2)

<写真は博物館になっているギリシャ正教のアヤソフィア大聖堂のモザイク壁画>
pict0031 トルコはとても親日的です。その理由は100年前アジアの新興国家日本が日露戦争で大国ロシアを破ったからです。当時オスマントルコ帝国は衰退期に入っておりロシアをはじめ英、仏、オーストリアなど西欧の列強から攻められ、解体されようとしていました。その敵国のひとつロシアを名もないアジアの小国が破ったのです。日本は当時世界の不思議といわれる明治維新を成し遂げ、ひたすら西欧をキャッチアップして近代化を急ぎました。急がなければ日本も西欧の植民地になってしまうからです。そのアジアの小国がいつの間にか中国東北部(満州)朝鮮半島へと南下するロシアと対峙するポジションに立っていました。そのままロシアの南下を見過ごせば、日本列島は一衣帯水直接ロシアの脅威に晒されてしまいます。

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2005/05/24

トルコという国

ゴールデンウィークにトルコへいきました。トルコの中、西部の遺跡を中心におよそ十日間バスで走りましたが、現地のガイドのヌルラさんがかなりのインテリで、バスの中で観光ガイドもそこそこにトルコの歴史、政治、経済と話は多岐にわたりました。その視点も僕の視点と近いものがあり、旅の途中の会話も弾み、ユーラシア大陸、中央アジアから世界情勢をみる視点の大切さをさらに実感した旅でした。トルコ民族のルーツは中央アジアウイグル系の遊牧民で、トルコ語はハンガリー語、モンゴル語、韓国語、日本語とおなじウラル・アルタイ語で文法がとても似通っていて近縁にあるといわれています。子供のお尻も青い蒙古斑があるようですから、西へ西へと向かった人々と、東へ向かった人々とルーツは同じなのでしょう。写真はトプカプ宮殿からボスポラス海峡を隔ててアジアの展望です。

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