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2005/06/21

円空の慈愛の彫像

<円空不動明王(栃木県清滝寺蔵) imge
かねてから興味を持っていた円空の彫像を拝観にいきました。デザイナー会社を経営する縁者http://www.leonore.jp/index.htmlが横浜そごう美術館で開かれた円空展のポスターなどをデザインして、その縁でチケットを送ってくれたのです。円空の作品はすべて素木に彫刻したもので、鉈目も粗々しく、素朴に彫ってありますが、活き活きした躍動感に溢れ、歓喜に溢れています。観音菩薩や地蔵菩薩のお顔が慈愛に満ちているのは分かりますが、なぜか不動明王や閻魔大王、仁王様の憤怒の顔も口元、目元が微笑みかけています。円空は1632年美濃にうまれたのですが、出身地の美濃、尾張に留まらず、北陸、関東、東北、北海道と行脚しつつ、修験道や白山信仰といった神道と仏教との神仏習合を十二万体の彫像に刻み込んでいます。現在円空作と確認されている彫像は五千二百余体ありますが、一般庶民の魂の救済、豊穣の祈りを込めた神仏像は自然と神仏習合へと向かっていったのでしょう。

明治新政府は、修験道を禁止し、それまで神仏習合だったお寺から仏具、経文ことごとく廃却し、廃寺して神社のみ分離して国家神道を確立していきました。その延長上に靖国神社があります。国のために殉じた英霊を祭るという美名の下に国民を戦争に駆り立てた原動力として機能したのが靖国神社なのです。円空の誓願は一般庶民の救済、そのための十二万体の彫像であったのですから、円空は小泉首相の靖国参拝をどう見ているのでしょうか。聞いてみたいですね。僕の地元栃木にも写真の不動明王をはじめ14体、隣の埼玉には169体現存しているそうですから、折々に訪ねてみたいと思っています。
円空の魅力http://www.enku.jp/charm/index.html

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コメント

なるほど歴史を辿ると神社も政治の道具の一つだったのだなと気づくことができるのですね。どの部分を自分が見るかで歴史、現在が変わってきますね。難しいですね。

投稿: 雑草 | 2005/06/21 07:55

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