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2005/06/08

コンスタンチノープルの陥落

<おしゃれなスカーフのトルコ女性> pict0218 最近の日本人はイスラム教といえばパレスチナ、イラク、アフガニスタンなどのテロを想像し、過激なイスラム原理主義をイメージしてしまいますが、これは欧米やロシアが原因を作っているのです。トルコもイスラム教ですが、ケマル・パシャが共和国を建国してすぐに政教の分離をし、学校、官庁では女性が黒いベールで頭を蔽い、黒い服を着たりすることを禁止しています。それからすでに八十余年経っています町を歩いてもさすがに日本の若い女の子のようにミニスカートで男を挑発するような姿はみられませんが、イスラムの寺院の中でも写真のように色とりどりのスカーフで個性をだしています。年配の女性はスカーフの縁を自分で刺繍をして纏っています。日本人の世界史は西欧史ですから聖地奪回の十字軍、虐殺の帝国オスマントルコと刷り込まれていますが、中央アジアの視点から歴史を見直すとそれはまったく一面的な見方です。

<巨砲で破壊された城壁>pict0431 「崩してもなお聳え立つ城壁に古人の血潮の痕がー雛鳳ー」  もっともトルコはオスマントルコの時代からとても宗教に寛容な国だったようです。ブログのタイトルは塩野七生の同名の小説です。紀元前660年頃ギリシャの植民都市として開かれビザンチウムと呼ばれたこの土地は、西暦330年にキリスト教を国教とする、東ローマ帝国の都としてコンスタンチノープルと呼ばれるようになりました。西ローマ帝国が滅亡したのち一時は小アジア、アラビア半島からエジプトまでかつてのローマ帝国の版図の多くを領有します。キリスト教はローマに中心をおくカソリックとコンスタンチノープルに中心をおくギリシャ正教に分裂し、カソリック教の西欧とイスラム教のオスマントルコの間に挟まれ次第に衰退し、最後はトルコ帝国の領内にコンスタンチノープルがビザンチン帝国として残るのみになります。20歳で即位したマホメットⅡ世は、父親の代から仕える老宰相カリルパシャに地図を指差し「この町が欲しい」といったそうです。それまで西欧との融和派であった老宰相も専制君主スルタンの命令として従わざるを得なくなったのです。この時ハンガリー人ウルバンは時のビザンチン皇帝に、新しい巨大な大砲を売り込んだのですが、一都市に縮んでしまったビザンチンにとっては無用の長物と断ったのです。その後ウルバンは20歳のマホメットⅡ世に売り込んで採用されます。皮肉なことに目的は難攻不落といわれたビザンチン帝国の城壁を破壊するためです。今回の旅の目的の一つがこの崩された城壁で、写真はきっとこのウルバンの巨砲に破壊された城壁です。pict0442ビザンチン皇帝がローマ法王に救援を求めると、ギリシャ正教をカソリックが吸収する条件で援軍を送ることを約束しますが、最終的にギリシャ正教側はそれを拒否、ビザンチン帝国は西欧の救援もなく滅亡します。コンスタンチノープル陥落の後マホメットⅡ世は政治的にトルコの支配に従うことを条件に領内のギリシャ正教徒の信教の自由を認めるのです。この時代からトルコは宗教に寛容な国だったことがわかります。歴史にIFはありませんが、この若きスルタンがコンスタンチノープルを放置したら城壁に囲まれたコンスタンチノープルはカソリックの最高権威であり独立国家であるバチカン市国のようにギリシャ正教の政教一致の都市国家としてトルコ領内に残り、オスマントルコの衰退期には獅子身中の虫として西欧側の橋頭堡になったことでしょう。前にも書きましたが、イスタンブールとして交通の要衝ボスポラス海峡を挟んで、ヨーロッパ側もトルコが領有していること、スルタンの若さゆえの蛮勇が、現在のトルコの地政学的な地位を高めているのです。靖国参拝という現象面にとらわれず大局的に日本のこれからを考えるとき、塩野七生の数々の著作は大きな示唆を与えてくれます。ガイドのヌルラさんに持参した塩野七生の著書を同じアジアの血を引く日本人が著したトルコの歴史物語としてプレゼントしてきました。トルコ旅行を企画するときは是非塩野七生の三部作「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」を読んで出かけることをお奨めします。

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コメント

そうですよね。訪れる前にその土地の歴史・風土を事前に学んで行くと感動がより一層大きくなりますよね。話は変わるのですが先日、旭山動物園に行ってきました。動物の見せ方に大変感動したのですが、それ以上に園内に設けてあった。地球温暖化のパネル展が心に残りました。あの地上最強最大の肉食獣白熊でさえ地球の平均気温が2,3度上がったたら地球上から姿を消してしまう。というコメントを見てアメリカの京都議定書からの離脱をうらめしく思いました。でもまずは、自分ができること、ゴミの分別、エネルギーのムダ使いをしないなど身近な所ですることが沢山ありますよね。

投稿: 雑草 | 2005/06/08 08:40

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