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2005/07/20

歎異抄に込められた輪廻転生

歎異抄は書かれた由来から、親鸞の思想のエッセンスを先鋭に語っています。明治になるまで、危険な書物として真宗教団の奥深くに門外不出の禁書として秘められてきました。明治期以後仏教の革新運動のバイブル的存在として多くの方が語り、僕のような仏教者でもない者の書棚に収まるほど広められてきました。その中心は「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人おや」いわゆる「悪人正機説」です。善人だって「南無阿弥陀仏」と口称念仏すれば救われるのだから、まして悪人はもっと救われれるというのです。

はじめて聞くとびっくりします。表面的に捉えて、それなら散々悪い事をして死に際に一言「南無阿弥陀仏」と念仏すればいいではないか、という不届き者まで出てしまいます。これは善悪をいまの表面的な言葉で捉えているからで、親鸞のいう善人とは、自力で善行を積み精進できるし、そうしなければ救われないと考えている自力作善のひとです。悪人とは自分で修行したり、精進の誓いを立ててもすぐに破ってしまう弱い人、他力のひとのことです。善人は現世で自力で善を積み精進すれば、極楽浄土へ往生できると思っており、そういうひとは、阿弥陀如来への信頼が不十分、他力のひとは自分の弱さを知って、阿弥陀如来に救っていただく以外に他に往生する道はないと信じているのだから、必ず阿弥陀如来は救ってくださるというのです。自分から救われるのか、救っていただく以外に道はないと絶対他力の違いです。阿弥陀如来はその弱者を救うまで自分は極楽往生しないと誓ったの法蔵菩薩なのです。この悪人正機説に力点を置いて歎異抄を説いている方が多いのですが、梅原猛は「誤解された歎異抄」(光文社刊)の中で悪人正機説は親鸞の思想の中心ではないといっています。親鸞の思想の中心は往相回向と還相回向の二種回向にあると説いています。「『あの世』と『この世』の往還」という日本人古来のあの世観と、大乗仏教の菩薩業と融合をしたところが斬新だったのです。親鸞自身も聖徳太子の生まれ変わり、聖徳太子は救世観音の生まれ変わりといわれています。世々に生まれ変わって衆生を救う菩薩業です。自利、利他でいえば利他に重きをおいた宗教なのです。今生きている現世のみを信じて、あの世を信じることができなければ宗教は無力になっていきます。現世は目に見えますが、あの世は目に見えないので、近代になって科学の進歩とともに、人間は目に見えないものを信じることができなくなってきています。しかし科学の世界でも遺伝子情報の解読も進み、目には見えませんが遺伝子については疑う人は少なくなっています。自分の遺伝子は子供から孫へと、遺伝子レベルで生まれ変わり輪廻転生していっています。個人が自我としての自分が次の世に生まれ変わるというエゴイズムで考えるのではなく、生命の死と再生を通して遺伝子は永遠に生き続けると考えることができれば、現在人類が直面している様々な問題を解決する糸口になります。日本が抱えている多くの問題も、我々老中はすでに子供たち、孫たち、若者たちを通して輪廻転生の次の入り口に立っていると信じることができれば、すでに解決の入り口に立っていることになると思うのです。

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コメント

生物が環境の変化を受けて変わっていくように、一所に暮らしたり会話したりというような情報交換によっても遺伝子が書き換えられていきますから、親世代の生き方が問われていきますね。老中になるとつい「近頃の若い者は」と言いたくなりますが、この言葉は天につばするようなものですね口にチャックで、拭うしかありません。われわれ老中には「因→縁→果→因」次の因を断ち切る忍耐が必要だと思っています。

投稿: 懐中電灯 | 2005/07/25 08:28

遺伝子が肉体形成、生命維持など色々な情報が組み込まれていると聞きます。その中に現世を生きる私達の情報も組み込まれていくのなら、まさに輪廻転生ですね。子孫の為にも頑張らないといけませんね。

投稿: 雑草 | 2005/07/22 08:28

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