« 棹秤と紙幣(2)原油の高騰 | トップページ | 棹秤と紙幣(3)村上ファンドも »

2005/10/19

企業価値と株主価値

書店の店頭に株式投資の本が大きな売り場面積を占めるようになり、久々に株式市場が賑わっています。インターネット証券の力もあって個人投資家も急増しています。しかし忘れてはいけないのはアメリカのエンロン事件に代表されるニューヨーク市場のインチキ相場です。経営者、会計事務所、政治家も絡んで株価を吊り上げて行き詰まり倒産しました。エンロン社内でも経営者は事前に売り逃げていて、一般社員は401K年金を注ぎ込み仕事と一緒に将来の年金も紙屑にしてしまいました。

エンロンの社員のみならず、1990年代IT、通信業界の株式が高騰し、競って401K年金を投じた庶民は年金を失ってしまいました。書店で「こうすれば儲かる」式の株式投資本を立ち読みした程度で、株式投資にのめり込む前にしっかり株式投資の本質を学び、エンロン事件で老後のすべてを失ったアメリカの庶民の絶望をしっかり右脳に焼き付けておいて欲しいものです。お節介焼きの私は、書店の店頭で株式投資の本を立ち読みしているひとを見かけると、思わず「ご用心」「ご用心」と声をかけたい衝動に駆られます。
 8月23日に出版されたロジャー・ローウェンスタイン著「なぜ資本主義は暴走するのか」には1990年代のニューヨークのインチキが活き活きと描いています。冒頭で1970代、ロナルド・レーガンが大統領選に立候補して、「社会保障制度の資金を株式市場に注ぎ込むべきだ」語ったそうです。それまで長期投資に向かないといわれていた株式市場に長期資金が注ぎ込まれるようになったのです。70年代ささやかにはじまり次第に熱狂を帯び、90年代にはすっかりイカサマ師連合に取り込まれてしまいました。
 その過程で「株主価値」という言葉が使われるようになったのです。「企業価値を上げよう」と「株主価値を上げよう」似て非なる標語です。企業価値はヒト、モノ、カネ、情報と総称される経営資源、それらを糾合するマネジメント能力をトータルとして評価するものですから、「企業価値を上げよう」には異論はありません。しかしそれは一つの物差しで測定評価することはできない抽象的な概念です。それをいつの間にか巧妙に「株主価値」にすり替え株式時価総額にすり替えていきました。そして「会社は株主のもの」と言い募り、株主総会で株主から信認をえる立場の経営者は日々の株価を意識し、「株価を上げる」ことが経営者の目的と正当化していきました。結果として会計事務所、証券アナリスト、政治家などイカサマ連合を組み、自分もストックオプションでお裾分けに預かることに狂奔していったのです。最後にババを回し損ねた株主と社員が経営者の貪欲の餌食になり、悲惨な目にあったのです。日本の株主資本主義はまだその入り口に立ったばかり、これからが本番です。くれぐれもご用心ご用心!

|

« 棹秤と紙幣(2)原油の高騰 | トップページ | 棹秤と紙幣(3)村上ファンドも »

コメント

株式投資は、馬券と同じです。中央競馬会が証券市場で、企業の名称がついた馬券が東証一部賞、ジャスダック賞というエンドレスのレースをしています。馬券の売買手数料などで、売り手が潤うのです。馬券売り場にも予想屋がいます。企業価値と株価は直接関係ありません。投資苑の著者は企業と株価は長いゴムひもで繋がっているとい書いていました。その通りなのです。株式投資を否定しているのではなくて、「馬券だ!」と理解してやればいいのです。インターネット証券になって手数料も安くなりましたが、投資した人同士の闘争で、弱肉強食の世界、マイナスサム社会、知恵の格闘技、己の制欲が鍵です。

投稿: 懐中電灯 | 2005/10/29 09:18

以前日本はアメリカの十年後を歩んでいると聞いたことがありますが今でも当てはまるのでしょうか?それにしても株は希望と共に危険を伴うという事実を忘れてはいけませんね。

投稿: 雑草 | 2005/10/20 08:44

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50017/6452548

この記事へのトラックバック一覧です: 企業価値と株主価値:

« 棹秤と紙幣(2)原油の高騰 | トップページ | 棹秤と紙幣(3)村上ファンドも »