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2005/11/04

日中戦争と満州国の闇

満州国ハルピン生まれ、戸籍にもしっかり記録されています。そのため子供の頃から「満州」「中国」は脳みその検索エンジンに真っ先にひっかかります。脳みその検索で佐野眞一著「阿片王」サブタイトルは「満州の夜と霧」を読んだのです。中国大陸で阿片を商い、その資金が関東軍や傀儡政権満州国の財政資金となり、なんと戦っている相手の蒋介石率いる国民党軍の戦費としても使われていたのです。

その上東条英機等関東軍の幹部個人へも流れ,戦後右翼といわれ新聞にしばしば登場する著名な方々の名前も、中日の阿片の流通の中核にあった「阿片王-里見甫」を取り巻く人物として登場しています。戦後の保守党隆盛の資金源の源流も満州にあったようです。資金だけでなく、当時本土より先端をいっていた、満鉄の技術、通信の技術なども戦後の日本経済発展の基礎が満州国にあったということを再確認できます。里見甫が分配した戦費で戦っていた蒋介石はアメリカの支援も受けていたのですから、世の中は表だけでは成り立っていないこと、闇の部分影の部分もあることをしっかり、教えてくれます。靖国問題も現在の価値観で一刀両断するのではなく、過去のその時々の価値観に立ち戻って丁寧に解きほぐしていく必要があります。
 当時イギリスは清国との貿易不均衡に悩みそれを解決すべく、インドの阿片を大量に清国に持ち込んだのです。亡国の淵に立ち、やむにやまれず立ち上がった清朝を叩き潰したのが阿片戦争です。その惨状をみた日本の若者が、徳川政権の末期の姿を清朝に重ね、幕末の志士となって立ち上がり明治維新を成し遂げました。日露戦争をイギリスの支援で戦った日本は戦勝に酔って、西欧と対等になりたいとの思い抱き、行き着いたところが大陸への国勢の拡大でした。勢い余ってイギリスの阿片資金という悪まで継承してしまったのですから、中国大陸人々の怨恨はイギリスの分まで日本が二重に背負い込んでしまったのではないでしょうか。
 当時の満州は幻想とはいえ若い父に青雲の夢を描かせるに足る魅力を発散していました。夢を描いて大陸に渡った父は終戦の一週間前、8月7日に赤紙一枚で乳飲み子を抱えた母親の前から消え、そのままシベリアへ送られ、戦後ぼろぼろの身体で帰国しました。父親も生前満州時代の夢は語っても、シベリア抑留生活やその後の病苦も、国のせいにしたり愚痴ったりしたことはありませんでした。自分の夢の結末は自己責任という以外になんの言葉もいらないのです。

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コメント

潔いご尊父だったのですね。成功?!をどこに置くのかで違うのでしょうが、自分の価値観で動いてばかりいては成功は出来ない気がします。時間の無駄、騙されたと思っていた事が役に立ったりする事もありますよね。非人道的な事は、もちろんいけないと思いますが。ブログの内容とずれたようです。

投稿: 雑草 | 2005/11/05 09:24

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