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2005/12/26

コストの表と裏(2)龍安寺の石庭

京都龍安寺には枯山水の美しい石庭があります。石が十五個配置されているのですが、どこから見ても十四個しか見えないのです。どんなに悟った高僧でも、いまだ「みえないものがあるぞ!」という戒めを込めて築庭したものです。龍安寺は禅寺ですから、きっと禅の公案になっているのでしょう。

戦国時代の始まり、応仁の乱も政治に倦んだ足利義政が29歳で将軍職を辞して、弟義視に譲ったことに端を発しています。弟義視は当時僧籍にあって名僧といわれていたそうです。その高僧でも、権力の座を手にすると、泥沼の権力闘争を収めるどころか、自分自身が抜け出すことすらできなかったのです。弱者で凡人の僕はいかに近づかないようにするか腐心してきました。「強い」は見えるもの、「弱い」は見えないもの、弱者で凡人の私、弱者の戦略は「三十六計逃げるに如かず」です。
 我々老中世代は中、高校時代の修学旅行で、龍安寺を見学した方も多いでしょう。私もその一人です。龍安寺にあった「吾唯足知」のつくばいを今でも思い出します。近年修学旅行に京都、奈良へ行く学校が激減しているようですが、日本のサスティナビリティの原点を若いうちに見せておくことが、大切なのではないかと思うこの頃です。何度か京都、奈良でお話する機会をいただいたので、その都度「古都の方々も修学旅行生から掠め取ることばかり考えず、積極的に受容れて若い脳みそに古都の魅力を刷り込んでおけば、年を取ったら自ずからリピーターになると思うのですが?」と申し上げてきたのです。若者に迎合し、直ぐ売れそうな、どこにでもあるような土産物ばかり、高い拝観料では自ずから足も遠のきます。老中になれば、見たくないものは眼に入らなくなります。やっぱり見たいものしかみえないのですね。古きよきものが自ずから残るかどうか、アジアの方々と話す機会があるとその度に「日本のお寺をみてください。今でも生きて、活動して残っている。これが日本の良いところです。」と申し上げるのです。アジアでは破壊されて残ったもの、遺跡が観光名所です。現在豊かであるかどうかは「いかに古いものが残っているか」ではないでしょうか。サスティナビリティは再生の象徴でもあると思うのです。人類はもう間に合わないのかもしれませんね。老中の身、遺伝子の先の先を心配してもどうにもなりませんが。
 

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コメント

「逃げる」勇気がいりますね。ついつい、自分の力を過信してしまいます。
山田方谷の凄さを感じますね。

投稿: 雑草 | 2005/12/26 09:36

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