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2006/01/08

インド雑感(3)聖地ベナレス

PICT0389 ガンジス河の沐浴で知られるヒンズー教の聖地ベナレスは想像を超えるところでした。早朝5:00にホテルを出てガンジス河の河岸まで歩きます。暗闇の中に観光客目当てに人々が群がってきます。河岸から十人ほど乗れる小さな舟に乗って真っ暗なガンジス河を漕ぎ手二人で遡上していきます。河岸の建物の上に月が鈍く光り、その月光の下で瞑想する修行者、沐浴する人々、大量の衣類を持ち込んで黙黙と洗濯をする人々が混沌としています。

洗濯といっても日々の汚れを石鹸で落としているわけではなくて、インド各地から巡礼に集い、聖なる水で持ち込んだ衣類も清めて持ち帰るのだそうです。河岸には荼毘の火が燃え、煙がまだ行方が定まらないのか彷徨っています。 20051217pict0427 <ガンジスの日の出>
荼毘の薪もバラの木、白檀の木などあり、お金の乏しいひとは白檀の粉を薪と一緒に燃やすのだそうです。遡上を終えて、船首を変え下る7:00頃には対岸から朝日が昇り始め河面に一筋に光がわたって来ます。あたかも此岸から彼岸へ渡る橋のようです。此岸でひとしきり彷徨った魂の煙はきっとこの光を頼りに彼岸へ渡っていくのでしょう。
 勝手な推論ですが、人間は所詮弱いものいじめ、上から順に叩き、掠めとっていくと、10人いれば十番目のひとは九番目のひとにいじめられます。3800年前アーリア人が中央アジアから南下し、カイバル峠を越えて侵入しカースト制度をつくり先住民を支配したそうですから、十億人の人口を想像すると最下層の人々のいじめられようは壮絶たるものです。その上遊牧騎馬民族モンゴル系のムガール、そしてイギリスと徹底した搾取の連鎖が続いてきた国、その救われない人々が来世で救われようと集まるベナレスの町は聖地という言葉から想像していた光景とはまったく異なる町の姿です。河岸から戻る狭い路地を歩くのは緊張の連続です。牛の糞を避けるために足元に気を取られ、前後左右から物売り、物乞いに取り囲まれひたすら歩くのです。好奇心旺盛な僕も悲しくて、カメラを人々に向けることはできませんでした。その日の夜は寝台列車でこの町を出たのですが、夜の駅周辺の雑踏も暗闇の中、構内は日本でいうホームレス、ダンボールもなく布に包まってコンクリートの上に身動きもせず横たわっています。インドは暑いという先入観を持っていましたが、さすがにやはり冬なのです。早朝の気温は零度近くまで下がります。現在の生活から抜け出すあてもない日々を、ひたすら来世を信じて過ごしているように見えます。
 今離陸をはじめているインドは下層で暮らす人々は置き去りにされています。離陸の原動力は中流の上昇志向です。中流家庭は子供の教育費の負担が大変ですが、私立の学校へ通学させています。公立学校の教育は無料ですが、中味は期待できないのです。だから現在すでに気の遠くなる歳月下層留め置かれた人々が近未来に上昇する可能性はなさそうです。ちなみの子供の教育は英語とコンピュータの教育が不可欠といっていました。
 中流が成長するときがその国の経済が伸びるときなのです。日本の高度成長も一億総中流を達成するプロセスで起きたことです。昨年流行語になった下流社会は総中流の半分が脱落していく社会のことです。中流を達成した人々が上昇志向を失った姿が今の下流社会の風潮ですから、あらためて昔のように漠然と多数の人々に上昇志向を持てといっても無理があります。老中はどうでもいいのです。せめて若者が結婚したくなる程度の職と収入が得られる再生可能社会をつくらないといけないのではないでしょうか。

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コメント

弱いものは自覚が必要ですよね。弱者は弱者の考え方をしたほうが良いですよね。

投稿: 雑草 | 2006/01/09 09:56

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