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2006/03/04

折口信夫「死者の書」

民族学の泰斗、折口信夫の小説「死者の書」を川本喜八郎が人形アニメーションという技法で映画化した作品が、岩波ホールで上映されているのを知って観にいってきました。その日は夕刻からの約束が入っていたので、午後のひと時JR御茶ノ水駅聖橋のたもとから、数十年ぶりに青春のころ歩いた学生街を歩きました。だらだらとなだらかに坂を下って、昔入り浸った人生劇場(パチンコ屋)を横目に、今は面影もない、路地の奥にあったはずのマージャン屋、昼飯屋、古本屋をたどりつつ神保町の交差点に出ると、昔はなかったビル群が林立していて、岩波ホールもそこにありました。

「死者の書」のテーマは古代大和、天武天皇の後継を巡る政争に破れ、殺された大津の皇子の霊魂の物語です。持統天皇(天武帝の后)は自分の息子(草壁の皇子)を天武帝の後継者にするために姉の息子で後継とされていた大津の皇子を謀殺してしまいます。その謀殺され、非業の死遂げた大津の皇子が、二上山に葬られて50年後にその霊魂が蘇る話です。霊魂の甦りというと「怨みを晴らす」とか「祟りじゃ」と暗い話を想像しますが、「死者の書」はそうではないのです。大津の皇子は処刑される直前に垣間見た、耳面刀自(みみものとじ)(藤原鎌足の娘)の美しい姿が脳に焼きついてあの世へいけなかったのです。
 しかも、ちょっとおっちょこちょいの霊魂は50年後、耳面刀自と間違えて深窓の麗人、藤原南家の郎女に取り憑こうとして、二上山の麓、當麻寺へ郎女を誘い出すことに成功するのです。女人禁制の場を穢した郎女は償いとして、蓮の茎から取った糸で布を織り、その布に曼荼羅を描いて大津の皇子の霊魂を鎮魂します。
 川本喜八郎の映像は、とても明るく色彩豊かで、大伴家持、恵美押勝など歴史の中の人物もさもありなんという風情で人形が演じています。生身の人間が演じてはこうも明るく描かれることはないのではないかと思いました。川本喜八郎の人形技が冴え渡っています。
 折口信夫は「死者の書」で日本古来の信仰の「この世とあの世」を再現してみせたのではないでしょうか。この世の勝ち負けはこの世のこと、敗れたものもその怨みをあの世へ持っていって祟るようなことはなかったと、いいたかったのではないかと思います。そのためにひたすら鎮魂の祀りをしたのでしょう。出雲族は敗れて出雲大社に祀られ、菅原道真は藤原氏との政争に敗れますが、祀られて天神様になり学問の神、藤原氏の守り神になっています。あの世へいったら「勝者も敗者もない」「戦いはすべて浮世のこと」というのが日本人の深層にあるのです。広島の原爆慰霊碑の碑文「安らかに眠って下さい 過ちは二度と繰り返しませぬから」にも現れているように思えます。また「もののけ姫」のラストシーンでも主人公アシタカは人間の鉄砲に殺される森の神「シシ神(森繁久弥)」の死に臨んで、「タタリ神になるな」と鎮めています。 靖国問題のねじれも日本古来の信仰を蘇えらせて解決できるといいのですが。

川本喜八郎「死者の書]
http://www.kihachiro.com/index2.htm

松岡正剛の千夜一冊
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0143.html

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コメント

先日、憲法9条の話を聞く機会がありました。
講師の結論は「核を保有するか、軍縮するかに行き着く」ということでした。国同士、企業間の争い。争うことで発展してきた世界の限界が憲法9条改憲問題にもあるような気がしました。

投稿: 雑草 | 2006/03/04 09:41

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