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2006/04/06

「実習生」という仕掛品を売るお店

東京駅の近くに日頃書籍漁りをする大型の書店があります。売上好調なのか、このところ店員を増員しているようです。顔を拝見すると新入社員というほど若くはなくて、途中入社なのかアルバイトなのか、派遣社員なのかわかりませんが、胸に「実習生」の名札をつけています。レジで精算をするとその実習生がレジに立ちますが、傍らで先輩社員がたどたどしい実習生の手つきを見ながら、作業を教えています。客を待たせたまま、目の前の精算には関係のない手続きまで教えています。

 不審に思って数日後再びレジに立って本を探してもらったのですが、やはり同じです。店員としての最低限の作業は、客の前で訓練するのではなく、教育として事前に施してから店頭に出るのが礼儀ではないのでしょうか。メーカーが未完成品を販売したら即クレームになりますから、自社内で明らかに仕掛品と認識している商品をお客様に売ることはありません。小売、サービス業における商品は、モノプラスサービス、お店の雰囲気、店員の一挙手一投足を含めて、お客様がお店を出るまでが商品です。「実習生」の名札はお客様に「仕掛品ですがご容赦ください」と言い訳の但し書きつきで商品を売っているようなものです。完璧なことを要求するつもりはないのですが、眼の前の客を教材に教育するのだけはやめて欲しいと思うのです。
 ディスカウントストアに買い物にいったらそんな期待はしません。固定費(F)を削って低価格にしているのでしょうから、はじめからあきらめています。書店の店頭は再販価格が守られた商品ばかりです。お店の経営者が再販の意味がわからないと市場原理主義者の思う壺、規制撤廃の流れに流されてしまいます。
 僕は書籍や新聞の再販制度を支持する人間です。未知の読みたい本、僕に読んで欲しいという顔をした本に出会うのがうれしいのです。僕がどこが安いのかと気にするような売り方をしないで欲しいのです。自分も貧乏育ちでせこいので、価格が変動すると、きっと些細な価格差に翻弄されてしまう自分が嫌なのです。めったにインターネット書店で買わないのも、書店にしっかり生き残っていて欲しいからです。店頭で「在庫が切れております。お取り寄せに3週間かかります。いかがしますか」といわれるとさらにムッとします。「買わないでください。インターネット書店で買ってください。」といっているように聞こえます。
 新宿紀伊国屋書店は少しすすんでいて「南口のお店に一冊だけ在庫があります」といってくれます。十分ほど歩いていってなんとか手にすることができました。客としては「できればもう一声「お時間をいただければこちらに、お持ちしますが?」と聞いてくれると、もっとれしいのですが、きっと運ぶほど利幅はないと思っているのでしょうね。客が十分歩いている間は本を探すことはできませんが、待っている間なら未知の探索ができます。もう一冊別な本を買うかもしれません。その未知との遭遇が大型書店の魅力の一つだと思っています。自分で十分歩いて取りにいく間に、気が変わって近くの別の書店に立ち寄ってしまうかもしれません。きっと自分は浮気をしても、お客は浮気をしないと思っているのでしょう。
 もちろん地元の中小の書店への期待はもうすっかりあきらめましたが、せめて都心の大型書店にはがんばって欲しいと願っています。店頭のサービスを充実させるためなら再販制度を維持することは大賛成です。

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コメント

ネットだと欲しい本がすぐ見つかるし、親切に中古の安い本もありますよ。と教えてくれますよね。
辞書などもそうだと思うのです。電子辞書だとあっという間に知りたい単語が見つかります。紙の辞書、アナログと言いますか?今までの物の良さは、そこですよね。未知の物がくっついてくるトコロ。それをどう捉えるかは、その人の感性なんでしょうが

投稿: 雑草 | 2006/04/07 08:06

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