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2006/05/24

映画「明日の記憶」を観ました

映画「明日の記憶」を夫婦で見てきました。渡辺謙と樋口可南子がスクリーン一杯に、夫婦愛を熱演しています。若年性アルツハイマー病で記憶が壊れていく夫を支えていく妻、「もし自分だったら、もし隣で見ている女房だったらどうする」と思うと「夫婦愛美しいね」などと泣いてはいられない。もし同じ立場に立つとしても、年老いてのものだから少しあきらめもつくかもしれない。しかし現実に自分の母親もすっかり記憶もなくなって、寝たきりでいる今「かもしれない」とも語れない、人生の重いテーマです。

映画をみて「綺麗過ぎる、現実はこんな奇麗事では・・・・・」とも思う。しかし映画をみて感激し、小説を読んで感動したとすれば、その感激、感動をこころに焼き付け、もし自分がその立場に立ったら、極限までその心象風景に近づく努力をしたいと思う。それが”他人の経験”から学ぶ”人間の知恵”ではないかと思うのです。そう思わせてくれる明るい映画です。
 映画では渡辺謙扮する広告代理店の部長佐伯雅行が病のこともあって降格、依願退職します。その退職の日、かっての部下がそれぞれ自分の写真に名前を書いて手渡し、別れを惜しむシーン、自分のポジションを襲った、かっての部下が遠くエレベータの陰でm黙礼をするシーンもよかったです。きっとその後も時折見舞ってくれただろうと推察します。香川照之扮するスポンサー企業の課長の思いやりの対応にもキラリ光るものがあります。チラッと垣間見せた、失われつつある日本的経営の片鱗ではなかったか。団塊の世代(企業戦士)がリタイアしていくシーンにも重なっています。こうあって欲しい、「かくありたい」が詰まっている映画です。
  大河ドラマ伊達政宗以来、渡辺謙のファンですが、この映画は荻原浩の小説(第十八回山本周五郎賞受賞)を読んだ渡辺謙が映画化したいと願い、実現した映画です。渡辺謙は和製クリントイーストウッドを志向しているようにみえます。和製クリントイーストウッドいいですね。
 それにしてもマルチスクリーンの映画館で隣では「ダビンチ・コード」を上映しているのに入り口から待合室までお客は数人、「明日の記憶」の観客は我々入れてたった八人、毎々夫婦で2,000円ぽっきり、地方都市の映画館の現実を見ていつも申し訳なくなります。こんどは「ダビンチ・コード」です。隣の駅の映画館は近く閉館するそうですが、映画は映画ビデオになるまで待てませんから「開いててよかった・・・・」近場で残るのはこの一館のみになってしまいます。
 

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コメント

こんにちは!
実は今、私は「明日の記憶」を見たいと言い、家内は「ダビンチ・コード」を見たいと言っているところなんですよ。
このブログ記事をみて、ますます「明日の記憶」を見たくなりました。

投稿: Key | 2006/05/25 20:51

私の祖母も現在寝たきりです。3年位でしょうか?母が在宅介護していましたが本当に大変でした。その様子を見て私が介護する立場になったらはたしてできるだろうか?正直自信がありません。

投稿: 雑草 | 2006/05/25 08:41

分かり易い解説、有り難うございます。
待ち望んでいた映画、私は14日に観ました。感激する場面が多くありましたが、詰まる所、人間愛が主題だったと思います。大いに涙しました。
背負いきれないような問題が自分自身に出来した時、どうするのか?そんな時に「隣る人」が居てくれると乗り切る勇気が湧いてくる。「隣る人」は気付かない所にも多く存在する。そして自分自身が人様の「隣る人」になれたら良い。定年退職後私がやっている事は全てこれが主題です。自分にどれだけ出来るか判りませんが、その意味で大いに勇気づけられた映画でした。

投稿: 井上雲水 | 2006/05/24 11:40

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