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2006/05/29

「神様の足跡」

大手企業を繰り上げ定年して、中国の大学で医学を学び帰国するなど老中を悠々自適にやっている縁者U.Iさん、これから正面スタンドへ出てくるのですからきっと素晴らしい末足をみせてくれることでしょう。そのU.Iさんから次のような詩をいただきました。
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ある夜、私は夢を見た。
 私は、神様とともに砂浜を歩いていた。
 振り返ると、砂浜には二人分の足跡が残っていた。
 一つは私のもので、一つは神様のものだった。
 これは、これまでの私の人生の足跡であった。
 足跡を見ていると、私の人生の様々な場面が、走馬灯のように思い出された。
 よく見ると、これまでの私の人生の中で、足跡が一人分しかないときが、
 何度もあることに気づいた。それは、私が辛く悲しい思いをしていた時期ばかりだった。
ああ、あの時は、信頼していた友だちに裏切られた時だ。
ああ、あの時は、失恋して落胆していた時だ。
ああ、あの時は、事業で失敗した時だ。
私は神様に尋ねた。
「神様、あなたはずっと一緒にいてくれるものと思っていました。しかし、
私がもっとも辛かった時期には、一人分の足跡しか残つていません。
「あなたを最も必要としていた時に、どうして私をお見捨てになられたのですか?」すると、
神様は答えておっしゃった。
「いとしい大切な我が子よ。私は、愛するお前を、決して見捨てたりしない。
お前をひとりぼっちにはしない。一人分しかない足跡は、お前の足跡ではないだよ。
その足跡は、私の足跡なのだよ。
悲しみに打ちひしがれるお前を背負って歩いた私の足跡なのだよ。」
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 罪深い衆生の僕は辛いとき、苦しいときに、にわか信徒になっておさい銭を上げ、挙句の果てには、「神も仏もいないのか」と捨て台詞を吐いてしまいます。しかしそうではなくて、かならずや苦しいとき、辛いとき、神、仏は傍らに寄り添って重荷を軽くしてくれたり、そっくり背負ってくれているのですね。
 親鸞の唱える念仏も救済を願う念仏ではなくて、感謝報恩の念仏といわれています。すでに我々は日々救われているのだから阿弥陀様に感謝報恩の祈りをささげるのだそうです。U.Iさんの神様も阿弥陀様も通じるものがありますね。

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コメント

辛い時、苦しい時は神様が荷物を背負ってくれているんですね。神仏は、すがるのではなく、そばにいてくれると思うことで踏ん張れる勝負俵なのかもしれませんね。

投稿: 雑草 | 2006/05/29 08:08

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