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2006/06/19

肩書きの持つ社会的責任

日本人は初対面では必ずといっていいほど名刺を交換します。それぞれの肩書きには、それなりの重みがあります。「元日銀副総裁」という肩書きは、世界経済にかかわる人の中でもトップクラスの重みがあります。
 立ち上がり時の村上ファンドにとっては葵の印籠にもたとえられる重みでしょう。テレビカメラの前で「出資当時は民間人だったから問題ない」という馬鹿な発言をする知識人も多くいますが、とんでもないことです。

R・L・ヴェルナー著「円の支配者」を読むと、福井俊彦日銀総裁がいかなる人物であるかがよくわかります。日本経済を崩壊に導いた1987年~90年のバブルの生成と崩壊は、当時三重野副総裁と福井営業局長のコンビが仕掛けたものといわれています。そして福井俊彦氏は当時から日銀のプリンスといわれ、日銀総裁の地位を約束されていた人物です。その世界経済に多大な影響力を持つ権力の中枢にいる社会的責任の重さ、そして重責に相応しい品格が求められているはずです。テレビカメラに向かってコメントしたり、解説する選ばれた方々こそ「儲けの視点」ではなく「品格の視点」から話して欲しいのです。そしてわれわれ庶民も「品格の視点」から異議を唱えましょう。それが国家の品格を取り戻す第一歩です。「儲けの視点」で語っていては、結局「日本人の嫉妬」と片付けられてしまいます。
 

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コメント

私達個人個人にも言えますね。その地域での役割、家庭での役割皆が品格というものを意識しなければいけないのですね。

投稿: 雑草 | 2006/06/19 08:51

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