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2006/06/05

東アルプスを歩く(1)名称の由来

 <甲武信岳から歩いて来た縦走路を望む>
20060531pict0080 梅雨の間は山歩きが出来なくなるので、関東が梅雨入りする前の晴れ間を狙って5/30~6/1日、東アルプス(旧奥秩父)を歩いてきました。日本でアルプスという名称は、明治の中頃イギリスの宣教師W・ウェストンが徳本峠から上高地に入り穂高の岩峰を眺望し、その美しさに感嘆して日本アルプスと命名しました。
 それまでの日本は、登山といえば山岳信仰が目的でしたが、スポーツとしての登山を普及したのもW・ウェストンです。以来北アルプス(富山、岐阜、長野に跨る山域)南アルプス(静岡、長野、山梨に跨る山域)中央アルプス(岐阜、長野に跨る山域)の三つの山域が日本アルプスと呼ばれてきました。

 一方で甲武信岳を中心に金峰山(西端)から雲取山(東端)を結ぶ山域は長い間奥秩父と呼ばれてきました。秩父(埼玉)の奥にある山というイメージで呼んだのでしょう。日本の中心は関東という前提のイメージです。山域を挟んで反対側、武田信玄からみればわが領地甲府盆地の後背地ですから甲州人からすれば奥甲州と呼びたいところです。
 東アルプスの中心甲武信岳は荒川水系、富士川水系、信濃川水系の三水系の水源の地でもあり、関東側から一方的に「秩父の奥にある山」と呼ぶには相応しくないのです。そこでこの山域の山小屋の主人たちが語らって、東アルプスと呼ぶようになったのです。この山域を歩く我々も「奥秩父に登る」といいながら甲州、信州側から登っている違和感も無くなりとてもいい呼称だと思っています。原生林の中を風倒木を乗り越えて歩く縦走路は、行き交うひとも少なく静かな山歩きを堪能できます。

  

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コメント

少し前に新聞でアーネスト・サトーの日記のことが書かれていました。アーネスト・サトーも登山をしていたと書かれていました。文化・習慣の違いが大きいのでしょうが外国人の方が日本人より日本の素晴らしさを広く紹介しているんですね。それは、私の住んでいるところにも言えることかも知れませんね。

投稿: 雑草 | 2006/06/05 09:50

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