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2006/07/27

たった0.5%の「最低賃金引き上げ」

2006年7月24日日経新聞朝刊の一面に「最低賃金引き上げ0.5%上げ-二年連続-」の見出しがありました。どうして「たったの0.5%」と書かないのでしょう。昨年もたった0.4%です。最低賃金は厚労省が決めるのですが、地域を物価水準に応じて決めています。最高額東京の時給714円~最低額の608円、平均668円です。

「二年連続の引き上げ」いくら上がったのでしょうか。今年東京で”たった4円”昨年”たった3円”二年間で”たった7円”です。これでは一日フルに働いて5,736円、一ヶ月フルに働いて143,400円です。その上フルに働く機会もない現状で、自立した生活が営めると思っているのでしょうか。国はここからさらに国民年金保険料を払えというのです。
 それでもその先が見えていればいいのですが、残念ながら世界がひとつに収斂されていく、地球のフラット化が加速していく時代では、個人の能力も国の壁を超え、民族の壁を乗り越えて、比較されていく時代です。大人もそのフラット化に追い上げられて、若者が育つのを待つ寛容さを失っています。そのくせ自分の子供には周囲に寛容を求めるのですからさらに混沌としていきます。若者の多くは親の寛容さと周囲の不寛容さのギャップに戸惑っているのでしょう。
 昭和37~41年、自分の学生時代を思い返すと、我々の若い頃は、年長者はもっとおおらかで若者に優しかったと思います。苦学していた僕に、零細な町工場の社長が「一時間でも空いた時間が出来たら、働きに来なさい」といってくれました。一ヶ月20~30時間分細切れの時間を貯金できるのでとても助かりました。学食でカレーライスが50円の頃、時給50円くれました。同じ時期に東証一部上場の証券会社でもアルバイトをしていました。まずまずの待遇で日給500円(時給換算70円)時折大商いの日に天丼を振舞ってもらったりのどかでした。
 町工場の社長はしばしば午後三時直前、銀行から電話が来ると、単車に跨り銀行へ飛び込んでいました。現金を持ち込まないと振り出した手形が落ちないからです。不景気になると車が車庫から消え、好景気になると戻ってきていました。そんな綱渡りの経営でも証券会社に匹敵するような時給をくれたのです。当時いっぱし役に立ったと思っていましたが、就職し大人になってみると、突然工場に現れて一時間働いても仕事の役に立つはずがなかったのです。あのお金は僕に対する奨学金だったのです。いまでも思い出しては当時の社長の顔を思い出して感謝しています。
 自分は必死でしたが、卒業し就職すればなんとかなる、月給がもらえるようになると信じることができる未来が明るい時代でした。 就職してからも給料日の前になると、新入社員が集まって団地住まいの人事課長の家庭に上がり込んで、お酒と晩飯をご馳走になり、翌朝のお握りまで貰って帰ったものでした。周囲も若者に暖かい時代でしたね。きっと日本中が共に良くなると、未来を信じることができた時代だったのでしょう。
 残念ながら周囲の大人の寛容を期待できないフラット化の時代では、政府がマクロな政策で労働力を再生し、向上させる最低限の賃金を保証する政策を実施して欲しいと思います。それが本来の最低賃金の額です。最低賃金を出来れば二倍せめて1,000円位に引き上げれば、一番の少子化対策(労働力の再生)になるのではないかと思うのです。
 もし弱肉強食、闘争社会を是認するなら、累進税率の引き上げ、相続税の引き上げ、最低賃金の引き上げがセーフティネットの必須項目です。

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コメント

なるほど日本においての豊かさはイコールマネーですね。その価値感はどこで生まれたのでしょうか?先日とある新聞を読んでいましたら、フィリッピンにおいては7割のピープルが幸せを感じてるという。すばらしい国です。そのフィリピンの島へ移住した日本の方の言葉が印象的でした。ここでは欲望を減らしていくことに幸せを見出すことができると。日本では、欲望の肥大化こそ幸せという幻想が幅をきかせてはいないでしょうか?自戒をこめて・・・。

投稿: komeya | 2006/07/28 09:44

最低賃金でさえ守らない(守れない)現実も多々あるようです。
大企業は黒字だと騒いでいますが売り上げが伸びて黒字になった企業はほんの僅かで、リストラ(失業者が増える)コストカット(中小企業へのしわ寄せ)工場の閉鎖(地方経済の疲弊)等々で成り立っていて、実際働いている人たちへの賃金としての還元は僅かのようです。(ここは先日内橋克人さんの講演を聴いた引用です)
地方に行けば行くほど低賃金になってきています。私は農業関係の仕事に関わっていますが、熊本の農家も原油高による燃料代の高騰、資材費の値上がりがあっても、栽培した農産物の価格は天候頼みの出たとこ勝負となる事が多く、なかなか価格に転嫁できないため、雇う手伝いの賃金を出来るだけ安く押さえたいと中国人の方々を雇う農家が増えています。
普通の人たちが普通に働き普通に生活できる世の中でなければ、勝ち組負け組などと言う格差ばかりが開いていく世の中では、日本は国際競争力をどんどん失い、我々は豊かにならないのではないでしょうか?(この部分も講演より)

投稿: 坂道登 | 2006/07/28 09:14

両親は昭和43年に会社を作りました。時代は高度経済成長期、働けば働くほで、稼ぐことができたと良く言います。ビジネスモデルなどという言葉もなかったと思います。なにしろ誰もが汗水たらせばお金になった時代です。しかし今は知恵をしぼり、常に変化に対応しないと生き抜くことが困難な時代です。できる人間はOKです。問題は、己を磨け、励めと言われても、いくらがんばっても100メートルを20秒でしか走れない人間に、格差や勝ち組、負け組などいう言葉で単純化レッテル化しないことだと思います。あまりにも時代は経済的価値で物事を決めすぎです。貧しきインテリたる人間が求めれていると思います。

投稿: komeya | 2006/07/27 14:46

<雑草さんコメントありがとう>
これからは知識、技術、知恵、根性といったひとの能力が問われていて、それを地球上の人と人との間で比較し、使ってビジネスをする時代(フラット化)です。肉体労働の時代ならその個体差は小さいのですが、これらの能力差はとてつもなく大きいのです。
 僕がお付き合いしている中国人は、中国語、日本語、英語が自在です。そんな中国人、インド人と日本の若者が比較されるのです。
 僕が格差のことを問題にするのは、格差が広がる時代だから縮める努力をして欲しいと思っているのです。だからといって若者が能力を磨かなくていいといっているのではないのです。
 もし経済的にいい生活をしたければ、己を磨く以外に方法はないのです。お金があっても活かす能力(経営力)が必要ですからね。
 物的資本より能力が資本になる21世紀は能力のある人間にとってはとても面白い時代です。
 若者に迎合するために格差問題を書いているのではないことをくれぐれも分かってくださいね。誤解のないように。

投稿: 懐中電灯 | 2006/07/27 11:12

知人がハローワークから帰ってきた時言っていました。「経験者、免許を持っていないと求人が無い」と企業側からすると即戦力が欲しいというのは解りますが、誰もが年齢を重ねていくのに・・・。

投稿: 雑草 | 2006/07/27 09:59

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