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2006/09/20

映画「ALWAYS三丁目の夕日」を見て

マイミクのアントニオさんに「『三丁目の夕日』は”青春を謳歌”した懐中電灯さんの世界じゃないのぉ!」と教えられ、マキウスさんもご夫婦で見てとてもよかったと薦められたので、早速ビデオレンタルショップから借りてきて、「ALWAYS三丁目の夕日」を見ました。

 青春時代は貧乏していましたから、自分には青春という想いはなかったし、アントニオさんのいう「謳歌」というほど諸手を挙げて楽しいことはなかったと思っていました。あらためて映画「三丁目の夕日」を見ながら、己が育った昭和30年代を思い返して、端役ではありましたが、いつの間にかすっぽり、配役の一人になりきっていました。
 映画の背景には当時のシンボルとして、東京タワーが映画の進行に合わせて、仕上がっていきます。主人公の自動車整備業の家族、その零細企業に青森から集団就職で就職してきた少女、零細企業の社長は、いつかは大企業になる夢を見ています。少女も同じ夢を共有して、精一杯働いています。ご褒美のボーナスが年末の帰省の青森行きの切符です。氷で冷やす冷蔵庫が壊れて、傷んだシュククリームを食べて腹を壊してしまう少女の姿さえ、自分に重なって見えてきます。
 高校生の頃、夏のアルバイトは、氷屋(冬は炭を売る)でした。氷室から毎朝氷をリヤカーに積んで、一軒一軒、勝手口から家庭に、一貫目(4㎏)に切って配って歩くのです。中学時代の同級生の家に届けるのが一番辛かったのを今でも思い出します。氷の冷蔵庫がある家は当時上流の家だったのです。時給50円でした。その氷の冷蔵庫は電気になり、洗濯機、テレビと豊かさのシンボルが上流家庭から順次各家庭に配られていきました。映画のラストシーンは朝日ではなく、夕日なんです。その夕日が明日の朝日を約束して、ほのぼのと明るく暮れていきました。
 昭和20年代の後半、テレビを購入した蕎麦屋では、プロレス番組になると、裏庭にテレビを据え付けて、お店で蕎麦を食べると裏庭に通されて、プロレスを見せてもらえるのです。10円のかけ蕎麦を食べるお金のない、近所の洟垂れ小僧だった僕は、いつも垣根を掻き分けて覗き見をしていました。覗き見がばれると、すかさず店主がバケツで水をぶっ掛けてきます。水を掛けられた洟垂れは、後日こっそり夜中に仕返しに、裏庭に花火を放り込むのです。犬が驚いてキャンキャン泣き喚きわめき、店主が飛び出してくる頃には、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまいます。
 アントニオさんのいう「青春の謳歌」は思い返すと懐かしい言葉です。学生時代も学食の50円のカレーライスを諦めて空腹のままパチンコに興じたり、500円をポケットに丹沢を夜通し歩いたりと、遊ぶときも常に意思決定、何かを捨てて、遊びを選択したものです。遊ぶのも一所懸命、これをまさしく”謳歌”というのでしょう。
 映画「三丁目の夕日は」をまだ見ていない若いひとは、是非見てください。親や祖父の時代の希望とは、夢とはどんなものだったのか理解できます。その夢が実現してしまった今、その祖父、親、すなわち我々老中世代はもう次の夢を描くエネルギーを残していないのです。若い方々は我々世代に反逆して、我々世代が築いた資産を奪い取って自立して、「ALWAYS」の夕日に続く、朝日の夢を描いて欲しいものです。生物は常に親の世代を踏み台にして、より幸せになる義務があるのです。そしてそれが親の世代の願いでもあります。

 

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コメント

qwertyさん
コメントありがとうございます
人間は不完全という指摘はその通りだと思います。しかしだから不完全でいいというのは堕落ではないでしょうか。都合のいいところで「どうせ僕なんて!」と自分に逃げ道を作っているようなものです。やはり生まれてから死ぬまでかかって完全を目指したほうが充実した人生をまっとうすることができると思います。しかし完全なる人間は存在しません。神様でさえ間違うのですから。人間という不完全な、醜悪な生き物を作ってしまったのですからね。
 京都の竜安寺の石庭には石を15個配してあります。子連れの虎が海を渡る姿をイメージしているといわれたりしています。縁に座って眺めるととても穏やかになります。しかしどこからみても14個しか見えないように配してあるのだそうです。どんなに悟りを開いた高僧でも、まだ「見えないものがあるぞ」という戒めにための、禅の公案だそうです。
 変わりたくても変わりたくなくても、人間は日々変わっていきます。徒然草の生々流転も祇園精舎の鐘の声も、森羅万象、日々変わっていくものと、思い定めよといっているのです。どうせ変わっていくのなら完全を目指して変わっていったほうが得ですね

投稿: 懐中電灯 | 2006/09/27 08:57

映画自体は面白かったし、よい作品だったと思う。しかし一方では一種の現状否定思想が昔から続いているというメッセージもあるような気がしてならない。乱暴に言えばこの映画は「昭和は物が無かったがその分、心の豊かさがあった。それに比べ現代は、物は溢れたが、心がまるで無く、けしからん」と言いたいのだろう。それは間違っていないと思う。しかしその当時の人が現代のようなものが豊かな時代を望んだのも事実である。一方、現代では失ってしまった(と思っている)心の豊かさを求めている。つまり、その時に無い物のみに価値を置き、絶えず現状を変えようとする。つまり、その時の不完全な時代を受け入れることができず、このままじゃ嫌だ、かえたい変わりたいという一種の現状否定主義、完璧主義が蔓延している点で一致している、そのことをいいたいのではないかと言う気がしてならない。 しかし人間と言うものは不完全である。だから「不完全を克服し、完全を目指す」という考えから「不完全を受け入れその中で最善を尽くす」このような自分は変わらないと言う覚悟を決めない限り、日本人は幸せになれないのではないか?と感じてしまった。

投稿: qwerty | 2006/09/25 21:10

コメントありがとうございました
<yumenosimaさん>
 炭屋と氷屋は二毛作でした。真っ黒なものと、清らかなものを一緒に扱えたのですから、おおらかな時代でした。同じような境遇ですね。
 高校もいける状態ではなかったのに不況で、夜間高校へいくと就職口がなくて、入試の試験だけ受けたのです。仕方が無いから途中退学でも親を恨まないという約束で入学、幸いどうにか卒業、今度は担任から夜間高校の図書室のアルバイトを紹介してもらって急遽受験勉強もないまま、大学へ、そして19才大学二年で親元を離れ自活しました。結局アルバイトに追われ、勉強もしないまま卒業しました。
 「三丁目の夕日」をみて、当時の自分も明日の朝日を疑ったことはなく、まさに「謳歌」したとあらためて実感した次第です。
 か細い蜘蛛の糸を登った僕のほうがyumenosimaさんより、少しずる賢かったのだと思います。
<うるしさん>
 そう言わず、是非見てください。とても明るくて、いまの幸せはあの時のあの決断、あの行動だったと思えます。また今幸せなひとは、次の次代にあの夕日を伝えましょう 今の日本は決して暗いわけではない、今までに得たものを捨てたくないので、未来を見ようとしていないのだと思います。地方の問題も格差の問題も、商店街の問題もすべてとは思っていませんが、解決の糸口はあると思うのですが。

投稿: 懐中電灯 | 2006/09/22 11:41

再発言お許しください。
懐中電灯さんは氷屋でしたか、私は炭屋でアルバイトしました。高校の月謝が払えなくて、3年の2学期から勤めました。試験だけ受けさせてもらってお情けで卒業させてもらいました。
大学なんて夢でしたが、「青年希望の会」を主宰していた谷村勇先生に出会って、いろんな夢をいただきました。
先生は「君たちに大学生に負けない経済の法則を教えてあげる」とおっしゃって、「奉仕の経済学」を伝授されました。
時代は「三丁目の夕日」の時代でした。
伝えていただいたものを次代に伝えることをしなければならないと思っています。

投稿: yumenosima | 2006/09/22 09:43

私の青春時代も、貧乏でした。戦争ですっかり零落したのです。幸いなことに家が焼けずに残りましたので懐中電灯さんよりもいい生活をしていたかもしれません。しかし、山岳部の山行の費用を捻出するのに四苦八苦しました。30円のラーメンを食べるのにずいぶん考えたものです。私はこの映画は見たくありません。身につまされる話は避けて通るようにしているからです。今の幸せに感謝しています。

投稿: 漆山 治 | 2006/09/21 17:20

これが私たちの原点ですね。
江戸下町から続く人情コミュニティーはまだまだ健在でした。

お天道様と世間様が人々の心にしっかり根ざしていましたから、貧しいなりにも真面目に生きることに誇りを持てる時代でした。

涙が止まらない映画でした。この涙はなんなんでしょうか?

投稿: yumenosima | 2006/09/20 12:53

コメントありがとうございます
<雲水さん、雑草さん>
とてもほのぼの明るくなりますし、今の日本すでに豊かさを超えてしまって、保守化して、夢を見ることを忘れてしまっていることに気づかせてくれます。今の日本人(特に50歳以上の男)は眼に見えるものではなく、眼に見えないものを手に入れる夢をみる時代に入っていると思います。
<アントニオさん>
アントニオさんのおかげで「三丁目の夕日」を知りました。お陰で「青春を謳歌」したことを思い出しました。
 先週末の仕事が自動車整備業の後継者研修でした。最後に「『ALWAYS』をみたひと」と問いかけたところ、受講生には見たひとがいなくて、来賓の副会長さんがお一人見ておられました。受講生の方々の基礎を築いた主人公ですが、実は日本人の今の若者すべての基礎を築いた人々の物語でもあります。
 アントニオさんの日記には当時のことを詳細に書きましたので見てください。

投稿: 懐中電灯 | 2006/09/20 08:47

懐中電灯さん、おはようございます。アントニオです。朝日でなく、明日を約束する夕日。するどい観察力ですね。その通りですね。

でも氷の冷蔵庫知りませんでした。懐中電灯さんはその氷を運んでいたのですね。

投稿: アントニオ | 2006/09/20 08:09

おもしろそうな映画ですね。
私も見てみます。

投稿: 雑草 | 2006/09/20 08:07

雲水です。
面白そうな映画ですね。是非私も見てみます。

投稿: 雲水 | 2006/09/20 06:32

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