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2006/10/30

高校の世界史問題

受験勉強を最優先して、高校で必修の世界史を履修しないで、成績表を偽造していたことが発覚して大騒ぎですね。広範囲に広がっているのにもびっくりします。「皆で渡れば怖くない」と隣がやっているからという発想で広がっていったのでしょう。教育の場で成績表を偽造したのでは、教育の根底が崩れてしまいます。これでは偽装をしても、悪いことをしているという罪の意識もなくなってしまいます。

それにしても日本史や地理が必須科目ではないことが不思議ですね。文科省の科目選定が間違っていますし、大学入試制度にも問題があります。大人が間違いを正そうとしないで、偽造して誤魔化して改革を怠ってきたことが現在の日本「信なき社会」になってしまったのですね。
 企業でも粉飾決算をする会社では、社員全員が誤魔化しをするようになります。社員はトップの姿を見ているからです。果たして裁判官はホリエモンや村上某を罰することができるのでしょうか?
 社保庁の国民年金徴収率の偽装も、耐震偽装事件も根は一緒ですね。偽装しても権力に近いところにいる人間は罰されることはなく、下々の庶民だけが小さな誤魔化しで罰を受けることになり、不公正な社会になっていきます。
 「機会の平等を実現して、結果の不平等は是認しよう」いっても不公正な社会で機会の平等が実現するはずもなく、それが誤魔化しであることは明々白々です。中流幻想が崩壊して上流と下流への分裂は避けられません。

 

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コメント

 遅まきながら一言。歴史と地理が必修科目でない事は、日本人の見識の根幹に関わる問題です。他の国においてもそうでしたが、北京にいる時中国人と話していて歴史問題に触れる事が多々あります。特に現代史ですが、一般に日本人は弱い。私も例外ではなく、何度も恥をかきそうになった事があります。日本の歴史を外国人のほうがよく知っている、これは日本人として恥です。
 英語を学ぶよりは先ず日本の事、日本語を学ぶ事が重要。外国の事を学んでも所詮ネイティブの知識の二番煎じ。
 今回の問題、受験戦争の申し子でしょうが、何ともお寒い限りです。

投稿: 雲水 | 2006/11/05 11:27

コメントありがとうございます
<アントニオさん>
早いですね。読み終わったらミクシィに書いてくださいね。アントニオさんの感性で、また皆さんにも広がっていきます。
<yumenosimaさん>
履修偽装問題も「自分さえよければ」の現れですね。「自分さえよければ」も決して一個人の全身すべてを覆い尽くしているのではなく表層の一部だと思います。己の顔が見えないところでは、「自分さえよければ」が表面に出るのですが、己の顔が見えるところでは、必ずしもそうではないと思います。
 yumenosimaさんの「一針」で身近な「個」を繋いでください。僕も気づいている方と手を繋ぎ、空いた手で一人、また一人と手を繋いでいきたいと念じています。

投稿: 懐中電灯 | 2006/11/01 08:43

案の定文科省の救済処置が出てきましたね。
この国の未来に絶望する条件はたくさんありますが、針一本の可能性にかけた試みを続けています。
日曜日に行った流れを変えるためのイベントに多数の参加をいただきました。
悔いなくあの世に行きたいからです。

投稿: yumenosima | 2006/10/31 18:11

懐中電灯さん、早速、文明の生態史観注文しました。
また良い本があったら教えてください。

投稿: アントニオ | 2006/10/31 08:00

コメントありがとうございます
<漆山さん>
嘘をつかないで生きることは難しいとは思うのですが、経済至上主義になって、嘘をつく、嘘がばれた時の恥という意識が薄れてしまったようですね。それにしてもこれだけ日本中に蔓延していたのかと思うと情けないですね。しかし嘘がばれる、本質がむき出しになる時代ですね。
<雑草さん>
生徒が可哀想と思ってこの問題を処理すると、こういう問題はなくならないのではないでしょうか?本人もわかっていたはずですから、せめて補習授業をしっかりやって卒業資格を得ることが大事でしょう。そうすれば、堂々と卒業できます。
<坂道さん>
 先生とか大人の問題は深刻ですね。もう老中で子育ての悩みはありませんが、もし今自分で子育てをするとしたら、育て上げる自信はありません。今結婚したとしたら自分は子供を作らない選択をするような気がします。子供を作らない夫婦が多くなるのも理解できます。
<アントニオさん>
 倫理という科目があるはずです。まともに教えることができる先生はいないのでしょう。「自我の目覚め」という西欧の思想が問題ですね。
 歴史の多くは勝者が残した資料がベースですから、集め、読み解く哲学というものが史観というものになるのではないかと思います。
 ところで梅棹忠夫著「文明の生態史観」(中公文庫)は読みましたか?まだでしたら是非お奨めです。世界における日本の位置づけを確認することができます。これぞ”史観”です。

投稿: 懐中電灯 | 2006/10/30 23:01

僕は受験の必須科目に道徳?を入れて欲しいと思います。
仏陀やイエス、孔子、老子、はたまた道元や最澄等偉人達のものの考え方、特に仏陀の教えの真髄、無常、人の欲に対する考え方、欲の滅する方法、またチベット仏教による慈愛を育てる瞑想方法等。
まあ、これは無理だろうけど、自我を弱める教えですね。これを受験科目に入れれば、バランスの良い勉強になると思いますが・・・。

世界史を教えるって難しいですよね。視点をどこからとらえるか?
歴史って結局、物語の再構築ですから~史観になってしまうですよね。


投稿: アントニオ | 2006/10/30 12:27

今回の受験問題と言いいじめに先生が関係していた問題と言い、
生徒にとって先生は最後の砦であるはずなのに何を信じて良いのか
判らなくなりますね。全ての先生がそうではないとは思いますが、
10歳の子を持つ親としては実に深刻な問題です。

投稿: 坂道登 | 2006/10/30 09:11

受験間近の学生さん達がかわいそうですね。
先生達はどういう行動をするのか目が離せませんね。

投稿: 雑草 | 2006/10/30 08:17

我々の時代の教育では、「ウソをつかない」ことは重要な教育課題でした。その風習はもはや風のように去ったとしか言いようがありません。保険(アリコなど)のテレビ広告を見ていると、詐欺師の養成機関のように見えます。ウソをつかなければソン、バレたら一斉にテレビにお前で頭を下げて、お仕舞い。世の中は自滅の方向に向かってひた走っています。

投稿: 漆山 治 | 2006/10/30 07:58

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