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2006/11/15

京都学派という系譜

リンク: 津軽の便り: これから読もうとしている本.
縁者のしじみさんのブログに共感する書籍の紹介がありました。しじみさんとのご縁も二十年近くなります。遠距離ゆえ、しばしばお眼にかかるわけではありませんが、心の深層に共通のなにかがあるように感じる書籍の紹介です。
 今、多くの日本人の大人の心は千々に乱れて、拠り所を失っています。とりわけエリート層の乱れは政府の政策、企業経営に歪みをもたらし、庶民の生活の歪みとなって波及していきます。企業の不正問題、必修科目の未履修問題、生徒のいじめ、自殺の増加、親殺し、子殺しなどなど、より弱いものにしわ寄せがきています。
 しじみさんが紹介している書籍は、日本人のルーツ、そしてその心の深層を作り上げたものはなにかを解き明かしてくれます。日本人とはなにか、日本人の原点を知り、乱れた心を整えてくれる著作です。梅原猛の日本学にも通じるものです。

 1997年に読売論壇賞を受賞した川勝平太の「文明の海洋史観」も、「文明の生態史観」をもとに、海が文明発展に果たした役割に着目した歴史観を論じています。これらの先達が共通して京都大学に連なる人脈だということも興味深いことです。川勝平太は著書の中で西田幾多郎そして「棲み分け進化論」として著名な今西錦司と繋がっていく知の系譜を「歴史観」としてまとめています。
 そして2001年に、その川勝平太と梅棹忠夫の対談を核に「文明の生態史観はいま」(中公叢書)が出版されています。「生態史観」から見た今の日本、そして日本の未来を語っています。
 明治期から「東大→官界」という図式の中で、学問的に棲み分けた結果なのか、京都大学に連なる一連の先達からこれらの著作が生み出されていることに敬意を表すると共に、一連の著作から、本来の日本人の心を取り戻し、困難な未来に船出する勇気を持ちたいと念ずる次第です。
 乱読で忘れてしまったものも、伏流となって心の中に流れているのかもしれません。歳を重ね老中になると、その幾ばくかはチョロチョロと表層へ湧き水となって漏れ出てくるのでしょう。時を経て残った座右の書をあらためて読み直す年回りにきているように思う今日この頃です。

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コメント

私が梅原猛さんという哲学者の存在を知ったのは、当時黒石青年会議所で「ふるさと委員会」という事業を担当していた時期です。
東京の社会計画研究所所長の斎藤次男氏との出会いの中でいろいろと教示頂きました。この方は今回購入した「照葉樹林文化」についてもこの頃から私たちに訴えかけておられました。
私はその方のお考えに共鳴し今日もなお自分の生き方の指針としています。

投稿: しじみ | 2006/11/16 10:06

コメントありがとうございます
<アントニオさん>
明治維新の軍資金は京都の商人が出したんです。それなのに首都を江戸に持っていかれてしまって、騙されたという思いもあったようです。新政府は公共工事を多額に京都に投じてなだめたそうです。東大が政府の官僚を育てたので、京都は反権力、反骨の精神が芽生えていたのではないでしょうか?そんな風土が京都大学にはあるような気がします。和辻哲郎の風土もそんな気風の中で生まれてきたのかもしれませんね。
<雑草さん>
 読書は昔は教養という面が強調されましたが、情報社会の今日はシャワーのように浴びるという感覚でとらえたほうがいいのではないかと思っています。そして一日一食の食事と同じ感覚でしょう。

投稿: 懐中電灯 | 2006/11/16 08:20

文明の生態史観、懐中電灯さんに薦められて読んでいるところです。
インド、パキスタン、イランを6ヶ月旅をした、梅棹が11月の肌寒い羽田空港に降り立つ、そして東京は北国の都市だと思ったところから始まった。日本人にとって不可思議である、異相の文化の出会いの中で、独特の解釈をしていく。我々は文化を東洋と西洋と簡単に二分化し、単純化しようとしているが、じつはその間にどちらに属さない、中洋というものがあると言う。たしかこれはインドに留学中の日本人が言った言葉を紹介していたと思うが、梅棹の感性がこの言葉を捕らえたのだろう。

京都学派と言えば、和辻哲郎もそれに入るのだろうか?
彼の風土(題名)も名著です。
それぞれの環境で織り成す風土、気温、太陽の強さ、湿度、それぞれが人間の精神に影響を与えると論じている。
この人体への影響はその民族の特殊性、たとえば、怠惰であるとか活発であるか、興奮しやすいか冷静かなどである。

たしかに京都の先生達の書くものはおもしろいですね。
京都という町が与える、これも風土なのでしょうか?

投稿: アントニオ | 2006/11/15 14:45

>乱読で忘れてしまったものも、伏流となって心の中に流れているのかもしれません。歳を重ね老中になると、その幾ばくかはチョロチョロと表層へ湧き水となって漏れ出てくるのでしょう。時を経て残った座右の書をあらためて読み直す年回りにきているように思う今日この頃です。

本を読む意味の1つがこの部分なのでしょうね。

投稿: 雑草 | 2006/11/15 09:27

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