« 日経のSNSがはじまった | トップページ | 映画「武士の一分」に「弱者の一分」を観た!(1) »

2006/12/08

勝ち組は約束を破る(2)「まさかの坂」こそ分岐点

 ビスマルクの、アジアの新興弱小国日本に対する忠告を、勝ち組と強者とを分けて言い換えると「勝ち組は約束をしても、自分の都合に悪くなれば約束は守らない」という言葉になります。
 昨年の郵政解散は憲政の正道をひん曲げてしまった暴挙です。参議院で否決されたら、衆議院で再審議するのが二院制の目的です。総理大臣に解散権がありますから、法的にはやってやれないことではありませんが、民主主義を謳う日本では常識人なら「まさか?」この「まさか?」で自民党を放逐されたのが、今回の復党劇で煮え湯を飲まされ、市中引き回まわしの刑に遭わされている政治家達でしょう。煮え湯を飲まされた政治家の12名は、せっかく刺客を倒し、強者の面目を保ったのに、11名は復党で「負け組」になってしまいました。11名は強者ではなく「勝ち組」に過ぎなかったのです。
 

「勝ち組」は己の金のため、権力のため、自分にとって都合が悪くなれば、平気で変節するのです。最後は「選んだものが悪い」と政治家を選んだ選挙民(庶民)が背負うことになります。そうすると「負け組」にならないはずの庶民(弱者)は「負け組」になってしまいます。
 夕張市の現状はまさに好例ではないでしょうか。選挙民も薄々わかっていたはずです。「まさか?」と己の心をごまかしてきました。その結果の借金は350億円、市民一人当たり500万円を超えるといわれています。弱者に残された手段は逃散しかありません。
 江戸時代にも農民が過酷な年貢の取立てに、山越えして隣国へ逃散した例もあったようです。しかし隣国では逃散者を隠し、開墾させさらに過酷な税を取り立てたといいます。
 弱者が「負け組」にならないためには、弱者も「一分」を保持して、どんなことがあっても強者に対して一定の距離を保つことが必要です。人生には「上り坂、下り坂、『まさかの坂』」があるといったのは誰だったか?この「まさかの坂」こそ、強者にとっても、弱者にとっても、立場を「負け組」へ移す分岐点です。

|

« 日経のSNSがはじまった | トップページ | 映画「武士の一分」に「弱者の一分」を観た!(1) »

コメント

コメントありがとうございます
<うるしさん>
うるしさんはまだ僕の切り口を誤解されています。
弱者は「負け組」ではないんです。個人はすべて「弱きもの」です。
周囲のお陰で、その弱さを補ってもらって、無事生きてこられたということではないのでしょうか?
「勝ち組」といわれるひとは、すべて自分の力で出来たと思うひとです。そこに驕りがあると思います。
「『負け組』の家系に生まれないこと」これが秘訣だとしたら、
日本がこれから迎える社会を想像したら、ゾッとします。
「恵まれない親の子供は恵まれない」インドの最下層の人々のように、
四千年の長きにわたる永遠の差別を受けることになります。
 僕がブログで「格差」「強者」「弱者」に拘っているのは、多くの才能、能力を持って生まれたひとは、
持っていない人にその一部を分けてあげることで、広がる格差を和らげることができると思っているからです。
きっと「ごまめの歯軋り」に過ぎないと思いますが、これからも機会あるごとに、
歯軋りをしていこうと思っています。
 

投稿: 懐中電灯 | 2006/12/09 07:31

私は父親を早くに亡くし、弱者のはずだったのですが、古希を過ぎて人生を振り返ると、幸せだったことに感謝をしています。いくつかの分岐点で、結果的によい選択をしたことと、幸運があったからだと思います。「禿げないためにはどうするか?」という設問があり、その正解は、「はげる家系に生まれないこと」です。弱者の家系に生まれないことが大切ということでしょうか。

投稿: 漆山 治 | 2006/12/08 14:13

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50017/12868870

この記事へのトラックバック一覧です: 勝ち組は約束を破る(2)「まさかの坂」こそ分岐点:

« 日経のSNSがはじまった | トップページ | 映画「武士の一分」に「弱者の一分」を観た!(1) »