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2006/12/15

塩野七生著「ローマ人の物語」が完結した!

昨日待っていたローマ人の物語(ⅩⅤ)を買ってきました。塩野七生さんありがとうございました。そして大作ご苦労様でした。1992年の第一巻を出たときの塩野七生の意気込が素晴らしいものでした。僕の記憶では当時「一年に一巻、十年かけて書き上げる」とどこかに書いてあったように記憶しています。
 当時彼女はすでに55歳、塩野七生の著作はほとんど読んでいる大のフアンではあっても、凡人の僕は「是非書き終えて欲しいと祈りつつも、果たして書き終えることができるのだろうか?」と思いつつ毎年、秋になると日々書店の店頭をくまなく捜したものでした。初巻は七月でしたが、巻を追う毎に秋も深まり、いつの日かこの初冬のそろそろ木枯らしか?という時期になりましたが、しかし十五年間年を越えることはなかった、恋人を待つような気分で、今か今かと15年間待ち続けるフアンの期待を最後まで裏切りませんでした。待つことの楽しみも存分に味わうことができました。約束の15年、15巻の完成です。

 塩野七生は第一巻の書き出して、「人は皆『なぜローマは滅びたのか?』という、しかし私は違う、『なぜローマはかくも長きに渡って続いたのか』を書くのです。」といっています。ギボンのローマ帝国衰亡史を筆頭に「衰亡」を論じるものは過去に沢山あっても千二百年の長きに渡って続いた理由を見つる旅にでたのです。
 そして「ローマ人の・・・」と「人」に焦点を当ててその理由を探してくれたお陰で、カエサルは塩野七生の恋人ですからもちろんですが、後継者にして、初代皇帝アウグストゥスにしても、カルタゴの名将ハンニバルにしても、登場人物の一人一人が活き活きと、描かれています。まさに「物語」です。
 12/13日の日経夕刊文化に「古代ローマこそ帝国」と題した談話が掲載されたので、「いまった出遅れた!」と翌日地元の書店の店頭どこを見回してもない、聞くと「明日配本です」と店員さんのそっけない返事、それなら「予約はしてあげない」なじみのOAZO丸善で買ったのです。
 あとがきを先に読むことは、犯人をわかって読む推理小説を読むようなものですから、滅多にないのですが、この巻は店頭で真っ先にあとがきを読みました。
 「・・・全十五巻は、なによりもまず私自身が、ローマ人をわかりたいという想いで書いたのである。書き終えたいまは心から、わかった、と言える。」
 「そして読者もまた読み終えた後に「わかった」と思ってくれるとしたら、私にとってはこれ以上の喜びはない。なぜなら、書物とは、著者が書き、出版社が本にし、それを読者が読むことで初めて成り立つ媒体だが、この三者をつなぐ一本の赤い線が、「想いを共有する」ことにあるのだから」とありました。

 そして十五年前第一巻のはじめには、 なぜ興隆し、なぜ衰亡したのか、よくいわれる「覇者の陥りがちな驕りによったのか」
 「これらの疑問への解答を、私は急ぎたくない。人々の営々たる努力のつみ重ねでもある歴史に対して、手軽に答えをだしたのでは失礼になる。また、私自身からして、まだはっきりとはわかっていないのである。史実が述べられるにつれて、私も考えるが、あなたも考えてほしい。『なぜローマ人だけが』と。」
 「それでは私は書きはじめ、あなたは読みはじめる。お互いに、古代のローマ人はどういう人たちであったのか、という想いを共有しながら」と記しています。
 十五年間「想いを共有」させてもらったことに感謝しています。

 帝国というとつい我々は帝国主義、大英帝国、大日本帝国、そして現在のアメリカ帝国主義を思い浮かべる、しかし「ローマ人の物語」を読み進むと、パクスロマーナとパクスブリタニカとはまったく別なものだということがわかります。近代の帝国主義は武力で征服し、一方的に搾取した覇権国家です。小泉さんや竹中さんでもアメリカの大統領にはなれません。ローマ帝国なら非征服民族からも、度々皇帝がでています。
ローマ皇帝は「父」と崇められましたが、ブッシュ大統領を「父」と呼ぶひとはいないのです。現代の世界を俯瞰する上でも読んでおきたい大作です。第一巻に巡り合った幸せをいま感じています。そして、ローマ人は多神教そして大の風呂好き人間です。

お忙しい方、まだの方はまず
塩野七生著「ローマから日本が見える」がお奨めです。 
http://net-ksk.cocolog-nifty.com/keiei/2005/08/post_d278.html
 

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コメント

コメントありがとうございます
<yumenosimaさん>
なってはいけないのではなくて、なれないのです。悟りを開いたという名僧でもまだ欲の皮を被った人間ですからね。一休さんでも「まだ死にとうない」といったそうです。精進、精進で不動明王様の手前まで、一歩でも近づきましょう。

投稿: 懐中電灯 | 2006/12/19 10:31

仏様になってはいけないのですね!
ありがとうございます。

投稿: yumenosima | 2006/12/17 19:13

コメントありがとうございます
<雑草さん>
 若い方は吸収する時期、急がなくていいんですよ。
<yumenosimaさん>
 若い経営者には「マキャベリ語録」→「君主論」と誘っています。経営者(リーダー)としての心得だと思っています。弱者も強者の行動規範を知っておくことは自分を守る(一分)術だと思います。
 経営者は仏様にはなれないし、なってはいけないと申し上げています。仏様は家族を捨て国を捨てて得た境地です。経営者は自分の家族社員の家族を守る立場ですから、戦わねばならぬ、切らねばならないときもあります。不動明王は阿弥陀仏、大日如来の化身ですが剣を持った戦う仏様です。十二神将も同じですね。少し位の低い仏様、不動明王までが、経営者の悟りの限度ではないかと思っています。
 
<「一分」については方谷と河合継之助を見てください。
http://net-ksk.cocolog-nifty.com/keiei/2004/11/post_6.html

投稿: 懐中電灯 | 2006/12/17 10:35

「ローマから日本が見える」注文しました。
「マキャベリ語録」かな、昔えらく感動したのを思い出しました。
勝者と敗者、強者と弱者、そして「一分」、何となくつながるような~、
塩野さんを読んで考えてみましょう~。
不動明王のお話もお聞きしたいな!

投稿: yumenosima | 2006/12/17 09:23

先生私今「フラジャイル」読んでます。
先生の読書量すごいですね。私も「ローマ人の物語」と「ローマから日本が見える」読ませていただきます。

投稿: 雑草 | 2006/12/16 09:41

コメントありがとうございます
<三代目さん><アントニオさん>
ハリウッド映画の影響もあって、多くのひとにローマに対する誤解があると思います。
ローマは近代のヨーロッパとは大分様相が違っています。帝国というと専制帝国や大英帝国を想像しますが、現在の日本よりもっと税金も軽く政治は寛容でよかったようです。多神教で、風呂好きで日本人と共通する部分もあります。
 まず「ローマから日本が見える」はいかがですか?
二人に是非おすすめは塩野七生著「マキャベリ語録」です。
君主論から塩野七生が抜粋したものです。
若いうちに読んで欲しい本です。
政治とか経営は奇麗事だけではすまないということです。
弱者が「負け組」にならないために、強者が「勝ち組」経由「負け組」にならないための術を学ぶ座右の書です。僕がなぜ不動明王を強調するのか。

投稿: 懐中電灯 | 2006/12/15 22:28

塩野七生さんのローマ人の物語、以前から興味がありました。まだ、手にとったことはありません。どうも、アジアを中心としたものに興味があり、ローマというとなんかバターの香りがするようで、敬遠していました。ローマ、ローマ僕にとっては遠い響きですが、食べず嫌いかもしれません。日本とローマどんな繋がりがあるのでしょうか?
懐中電灯さんは、ローマの響きにどんな思いを抱き、塩野さんの本を手にとったのでしょうか?

投稿: アントニオ | 2006/12/15 18:03

「ローマから日本が見える」読ませていただきます。

投稿: 三代目 | 2006/12/15 13:28

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