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2007/01/25

「経営理念」は誰のため、なんのために!(3)

 ”念”を商品やサービスに仕上げるのは左脳の機能です。技術力、目標達成への闘争心など、左脳の機能をフルに発揮することが必要になります。眼に見えないもの(念)を眼に見える形にしてはじめて、「そうそう、私それが欲しかったの」とお客様は、お金を払ってくれるのです。
 産業社会は、企業も個人も「形がある、ない」の価値観で「形あるもの」を追い求めて経営してきました。しかし情報社会、知価社会といわれる今日では「眼に見える、見えない」の価値観で、「眼に見えないもの」を大事に経営する社会です。右脳の時代といわれるゆえんです。このことに気付かないで、左脳の機能を優先させている経営者の下で、企業の不祥事が発生するのです。

 産業社会では、お客様も眼に見える豊かさを追い求め、量を求めていたために、眼に見えない微細なことで、企業が危機に陥るようなことはなかったのですが、すでに眼に見える豊かさを手に入れてしまった日本人は、眼に見えない豊かさに飢えています。「いくら利益が大事、お金が大事でも『そこまでしなくても』」という大合唱が起こります。
 ブランド、風土、社風、社員のモラール、安全、安心、満足などなど眼に見えないものが、すべてに優先する時代では、左脳と右脳をしっかり脳梁で繋いで、円滑に循環させて初めて、健全な企業の経営、家庭の経営、個人の経営ができるのです。
 不二家の例を見ても、企業も創業時は”念”が先行して成功するのですが、しだいに他社比較、プライド、利潤、が優先するようになります。企業は生い立ちも、環境も”念”も夫々多様に違っていて、たとえ同業に見えても、比較する対象ではないのに、左脳を働かせて、他社と比較をするようになり「お客様に支持されている割りに儲かっていない」などと手を抜き(コストダウン)を始めます。
 顧客満足の循環も、マネーの循環も左脳と右脳の循環も、循環とはいえ、スタート地点があります。「ニワトリと卵どちらが先」は明らかに卵が先であるように、脳の働きもまずは右脳がスターターで左脳が後です。経営理念も”念”が先、”理”が後なのです。
 「義務と権利」のように、「理念」といわず、「念理」というようにすればいいのでしょう。マネーの循環も、大自然の恵みが始まり、個人の幸せも「お役立ち」が起点です。
 「さあ原点回帰!」は、直線の起点に戻る(過去に戻る)と思うとぞっとしますが、螺旋の循環の原点ですから、そこが新しい未来への起点になるはずです。
 仏教では「過去の因を知らんと欲せば現在の果をみよ、未来の果を知らんと欲せば、現在の因をみよ」といっています。己の過去の行動を知りたかったら、己の現在の姿を見なさい。そして未来の姿を知りたかったら、現在の行動をみなさいといっています。ただ西欧の因果応報とは違って、因と果の間に「縁(偶然)」が入っています。自分の思い通りにはいかないのです。必ずしも努力が報われるとは限らないぞといっています。
 それでも「因→縁→果→因→・・・・・」と永遠に螺旋状に循環していくのです。

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コメント

コメントありがとうございます
<hatoさん>
 仰るとおりです。そこまで分かれば簿記はもう卒業ですね。記帳の技術だけです。大学で、簿記学を学びましたが、簿記が学問であるはずがない、単なる記帳技術だと思ったり、発言したりしました。hatoさんのように思考できれば、それは学問そのものですね。
 僕は借方は目に見えるもの、貸方は目に見えないものと定義をし、そして、借方(色)を成り立たせているものが、貸方(空)だと説明しています。だから貸方(空)が大事なんですね。
 ただ簿記会計で記録されるのは貨幣評価の基準ですから、つい目に見えるものばかりに目がいってしまうのでしょう。複式簿記の記帳も、貸方は借方を成り立たせている源泉と理解すると、シンプルになります。
 僕の理解では、複式簿記のルーツはベネチアにあると聞いています。日本では明智光秀が簿記を知っていたという話もあります。当時は秘伝だったのでしょう。
 「勝者の責任」については理解できかねます。勝者が存在するとすれば、自分がそう思っているだけではないでしょうか。勝者(色)敗者(空)なのかもしれませんね。
 金子みすゞの詩に「大漁」があります。
朝焼け小焼けだ大漁だ
大羽鰮の大漁だ
浜は祭りのようだけど
・・・・・・・・・・・
海の中では何万の
鰮のとむらいするだろう
漁師が鰮を売ってお金(紙幣)に換えて喜びますが、そのお金は鰮の命(太陽の恵み)です。古来から人間は、せっせせっせと、太陽の恵みを紙切れに換えてきたのです。
 原油も石炭も古代の大自然の命、現代にいたっても農業から、工業製品の原料に到るまで、大自然の命でないものはないんですね。
 貸方(空)をたどると、宇宙の始まりにたどりつくのかもしれません。その命の根源を、紙切れに換え、電子マネーに換えてきたのも人間です。

投稿: 懐中電灯→hatoさんへ | 2009/07/03 09:32

 こんばんはhatoです。
 他の所でも書きましたが、これから先の社会のを動かすキーワードはやはり、「借方」=自分、○、色、左脳、「貸方」=他者、×、空、右脳という、借方と貸方が、表裏一体であり「貸借平均の原理」に基づいて一致しているという考え方だと思います。

 不二家や赤福があのような次第になったのは、結局自分たちを「借方」にそして消費者を「貸方」として、貸借平均の原理に基づいて、自分たちと消費者が実は一つにつながっているんだという発想の欠如があると思います。

 また、「勝者の責任」という概念を持たない、政治家の無力や官僚の暴挙がまかり通るのも、とどのつまり、国民=「借方」国家=「貸方」という発想を持たず、国民が主権者としての責任を放棄すれば、民主主義も国家も崩壊するということすら、気付かない国民の責任でもあると思います。

 それと、「複式簿記」の考え方は「唯識説」とも連動していると思いますが、どうでしょうか。

投稿: hato | 2009/07/02 23:50

因→縁→果...
思わず「そうか」とつぶやいてしまいました。
新たな気付きをいただきました。ありがとうございました。

投稿: Key | 2007/01/26 10:51

コメントありがとうございます
<三代目さん>
「自分のため→家族→お客様→世の中」と自分からスタートすると、個別具体的に「誰にお役立ち」が見えてくると思います。今の商品、今のやり方、今の事業でいいのか。
 必要ならなにを捨てて、なにを加えるか?
<雑草さん>
小泉、竹中政権が間違っていたのは「努力が報われる社会」というスローガンです。それは「因→果」の世界「因果応報」の世界です。「果」がうまくいっていないなら、努力が足りないからだと自己責任に押しかぶせてしまいます。
 「因→縁→果」は「縁≒偶然」が入ることです。努力したけれど、縁があって、うまくいかないこともあります。病気,事故、家族のこと、天変地異、むしろ世の中は、努力が必ず報われるほど、単純ではないのです。しかし努力しないということは、相撲を取るのに土俵に上がっていないのと同じ。精一杯努力したら、結果は神仏に祈るしかないのです。親鸞が「絶対他力」というのはこのことだと思います。
 今の「果」がうまくいっていなから、自暴自棄になるのは、「こんなに頑張ったのに」となるからです。そうすると、その「果」が現在の「因≒行動」に影響を与えてしまいます。
 ことの善悪、良し悪し、責任のあるなしではなく、すべては、己の因にある、過去世、未来背世というと迷信、騙しに聞こえますね。世をとって、「過去→現在→未来」と考えれば、あたり前のこと信じることができますね。そして自分の存在は、親の遺伝子、親の遺伝子は先祖の遺伝子という過去世から繋がっていますし、自分の子、孫と未来世へ螺旋状に繋がっていのではないでしょうか?
<yumenosimaさん>
仰るとおりです。元≒因≒行動だと思います。だから心が大事、念が大事ですね。眠っているときは左脳が停止している状態で、右脳は眠らないそうですから、夢は右脳で見るのではないでしょうか?
瞑想も意識的に左脳を眠らせて右脳を活性化させる業のようです。
 山を歩いていると、平坦な楽な登りでは雑念が一杯ですが、苦しくなると、なにも考えていない自分を発見します。3,000メートルの稜線は、平坦ですが、展望に魅入って雑念も湧きません。 


投稿: 懐中電灯 | 2007/01/26 10:01

原因結果の法則を「因縁」というのは、
この、因→縁→果→の螺旋の中に縁が入っていたのですね。

良因、良縁、良果、と
悪因、悪縁、悪果、が生じるのは
発するところの元によると言うことになりますか?
良は念から発し
悪は理から発す、とか。

投稿: yumenosima | 2007/01/25 13:09

「縁」があるんですね。
 でも、最初の「因」で努力しないで「果」で漁夫の利を期待しては、浅はかすぎますよね。

投稿: 雑草 | 2007/01/25 12:36

自分自身を振り返り見ることを否定していたのかもしれない、と気付きました。
ただ闇雲に、行くあてのない商売をしていたのかもしれません。
今、今、今、と考え、それが誰かのお役に立てばと考えていましたが、今一度、広い視野を持ち、自分自身から見直してみたいと思います。

投稿: 三代目 | 2007/01/25 10:49

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