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2007/05/07

雪の穂高を歩く(4)いざ下山

    <眼下に涸沢のテントが見える>
20070430pict0161昨夜穂高山荘に泊まった約60名の登山名者も三々五々下山を始めています。 自分も最終目標の北穂高岳をあきらめたので、三泊の予定を切り上げて一泊で下山することにしました。
 7:00眼下のテントを目指して一気に下ります。しばらく下っていると、一歩、一歩雪の斜面を、踏みしめながら新たな登山者が登ってきます。昨日の自分をみているようです。
  

                                 <雪の斜面を踏みしめて>
20070430pict01712_3 横尾を12:00に出て、新村橋に着く。ここから見上げる前穂高岳の東壁は、井上靖の小説、氷壁の舞台として描かれた岩壁です。奥又白池の池もまだ雪の中に埋もれています。去年のGWの梓川の川床はすっかり雪の下で、雪解けの清流は、その雪の下を流れていましたが、今年は清流が岩を噛んで流れています。化粧柳の芽吹きも青空と雪の壁を背景に柔らかく輝いています。
  <新村橋からの前穂高岳東壁>
20070429pict0028

     <化粧柳の芽吹き>
20070430pict0194_1 林道にはあちこちに、落ち葉を掻き分け、ふきのとうが花を開き蜜を求めて虫も飛んできています。二日繰り上げての下山なので、心配した 16:00発の上高地から新宿行きのバスのキャンセル
    <ふきのとう>
20070430pict0200_1 待ちが確保出来て一安心。 例年にない新雪と氷で目標の一部は未達でしたが、雪の穂高を堪能して、十分目的を達成した山歩きでした。
 そしてあらためて、目的は目標の先にあるものではなく、目標は達成できなくても、目的は達成できるものだということを、再確認する山歩きでもありました。

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コメント

コメントありがとうございます
<しじみさん>
素材革命で山の装備は、軽量になって老中登山にはとても助かります。今回はピッケルを新しく新調して登りました。
 5月の穂高は、天候さえ選べば、誰でも登ることができますよ。

<雑草さん>
 春の山は、エネルギッシュです。雑草さんたち、若者の息吹ですよ。これから花を開き、実をつけていきます。日本の四季は毎年一年のサイクルで日本人に一生を見せてくれるのですね。僕達老中は、冬を迎えて、秋に刈り取ったお米で醸造したお酒を楽しんでいるんです。足元には春の雪解けの水の音も聞こえてきます。
<はしやんさん>
ありがとうございます。今回は昨秋蝶ケ岳で撮った新雪の槍穂高に直接アプローチしました。自分の写真では、過去の最高シーンに恵まれました。
<会長さん>
 北アルプスは飛騨山脈で日本列島が折れて曲がったところにできた山脈です。笠ケ岳は最も飛騨側で、ちょっと孤立した独立峰で、夕日が落ちるにとても似つかわしい山です。手がかじかんで手ブレを心配しながら撮りました。

投稿: 懐中電灯 | 2007/05/10 10:11

とても素晴らしい山脈ですねー!!
写真も見ごたえがあって登られた
懐中電灯さんが羨ましいですよ。
写真の中でも笠ケ岳に沈む夕日がとても
印象に残りました。。

投稿: 会長 | 2007/05/09 17:26

詳細な記述と素晴らしい写真により、自分が実際に山登りをしているような気分になりました。そして適切な状況判断で春の山登りを満喫されたことに感銘を受けました。

投稿: はしやん | 2007/05/09 11:06

雪景色の中にも春は着実に近づいているんですね。

投稿: 雑草 | 2007/05/07 08:01

今回の穂高シリーズは見応え、読みごたえ充分でした。
私も雪のある穂高へ行きたいとの夢はありますが、
これから冬の装備をそろえるのも億劫ですし、
先生の「穂高シリーズ」で堪能しましたから、
しばらくはこの写真集のダウンロードで満足です。
とても素晴らしい写真の数々、ありがとうございました。

投稿: しじみ | 2007/05/07 05:31

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