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2007/05/12

岩井克人著「貨幣論」を読む(1)「純粋紙切れは信頼が命」

書名  貨幣論
著者  岩井克人
出版社 ちくま文芸文庫
 アメリカの貿易赤字と財政赤字、いわゆる双子の赤字は1960年代から恒常的に的に続いてきました。いつアメリカ発の大恐慌が再来するのか、経済雑誌は折に触れて特集を組んできました。その危機をアメリカはニクソンショックとプラザ合意と、二回大きな手を打って、巧みに回避してきました。そのたびにドル安という徳政令で、日本は対アメリカの米ドル資産を棒引きにされてきたのです。 そして今も双子の赤字は続いています。

どうしてアメリカは破綻しないのでしょうか?
なぜ純粋な紙切れで無価値のはずの米ドルを世界中の人々が受け取るのでしょうか?
アメリカは破綻しないのか?破綻するとすれば、何時、その時世界経済はどんな様相を呈するのでしょうか?
 長年の僕の疑問に終止符を打ってくれたのがこの本です。

 著者は貨幣論を展開しながら、マルクスが「紙幣は流通するから価値をもつ」という結論にいたった過程から、マルクスの労働価値説の矛盾をも明らかにしてくれます。
 そして貨幣を媒介してモノが流通する貨幣経済において、危機を二つにわけています。商品の危機と、貨幣の危機です。一方の危機である、恐慌とは”すべての売り手が同時に「売ることの困難」に直面する事態”、”貨幣が流動性を選好して退蔵され、市場から消えてしまう事態”のことです。商品の危機です。
 もう一方の危機は”「買うことの困難」に直面する事態””だれも貨幣を受け取らず、商品が市場から消えてしまう事態”のことです。貨幣の危機です。
 明快に危機を商品の危機と貨幣の危機とに分けて提示し、さらに著者は語ります。 前者の危機は、過剰生産によってもたらされる危機ですから、いずれは商品が市場から消えて、需要とのバランスが取れるようになり、危機は収束します。しかし後者の危機は、ハイパーインフレーションを引き起こし「貨幣がそのまま貨幣として流通し続けることが困難になる転機が突然訪れる」というのです。
 モノが商品であるのは貨幣が存在するからです。貨幣が流通しなくなったとき、それまで商品であったモノ単なる物になってしまいます。そのときが資本主義経済が破綻するときだと著者はいいます。純粋紙切れ、米ドルを誰も受け取らなくなったとき、”アメリカの危機”ではなく、資本主義の本当の危機が訪れると語ります。貨幣という信用の危機、
 以前に紹介した「ベニスの商人の資本論」(乱読のすすめ)とあわせて読むと、「金本位制」から「金・為替本位」へ、そして1971年に始まった紙切れ本位制、さらに電子マネーへと、己の実態価値を止揚?して進化していく貨幣の行く末、世界経済の近未来も見えてきます。
 日本人が抱える、そこはかとない不安、見えることと、解消されることとは違いますが”紙切れ貨幣の不思議”の濃霧が晴れることで、見えてくることだけは間違いありません。

<つづく>

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コメント

コメントありがとうございます
<会長さん>
会長さんは貨幣というものを目に見えるものと規定しているようですが、貨幣とは物々交換を仲立ちとして誕生した機能のことをいっていて、それが進化して純粋紙切れになり、さらに今電子マネーに進化をしようとしているのです。
 ですから、電子マネーになって貨幣の流通が減るのではなくて、さらに加速度的をつけて、増えていくのでしょう。株式投資の世界でも、株券は無くなり電子化します。実態はますます見えなくなっていきますから、自分の心眼を養っていかないと、自分がどこへいくのか分からなくなりますね。

投稿: 懐中電灯 | 2007/05/17 11:09

最近はお金は持ち運ぶものではなくデータとして
持ち歩いているような気がします、
電子マネーといい便利にはなっているのでしょうけど
実際どうなのかなと・・・
お金が目に見えるものではなくコンピューターの中を行き来している
数字のようなものと言えばいいんですかね、
最近はセカンドライフと言ってPCに自分の分身を作り
コンピューターの中で自分を生活させるというものも有ります
もし仮にそのような世の中になってしまえば
貨幣の流通は減っていくんでしょうね。。

投稿: 会長 | 2007/05/12 18:04

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