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2007/07/04

「株主資本主義」の奔流は止まらない!

6月28日で今年の株主総会の山場は終わりました。今週は株主にとっては楽しみな一週間です。今年が三角合併解禁の初年度でもあり、米系ファンドからも株主提案が出ていた企業も多く、今年の株主総会は過去にない緊張した様相でした。終わってみれば、ファンドの株主提案のほとんどは否決され、企業側は一安心したように見えます。
 日経新聞の6月30日の社説のタイトルも「『モノ言う株主』が苦戦した今年の総会」でした。しかし株主提案が否決されたとはいっても、否決したのは提案に組しなかった、残りの株主であって、経営者自身ではないのです。経営者にとっても株主の支持がなければ経営者たりえないことがはっきりしてきました。

 近年「企業は誰のものか?」という議論があちこちでなされてきました。議論の中では株主第一主義のストックフォルダー型か?株主だけでなく、社員、顧客、取引先、を含む利害関係者を含めたステイクホルダ型か?と大別され議論されてきました。
 働く社員、顧客、協力する取引先の存在なくして企業活動は成り立たちません。株主だけでは成り立たないことは当然のことです。しかし、ステイクホルダーを利害関係で捉える限り、この議論を対立から止揚することはできません。利害関係者ではなく、協力、協働関係者という視点で捉えることができれば、止揚できると思うのです。アソシエイツホルダー型とでも、名付けてはいかがでしょう。
 しかし、いかなる大義を与え、いかなる名称をつけようと、それはアソシエイツの要をなす経営者の倫理観、経営哲学に委ねられる次元のものです。今、”企業とは誰のものか”と問うている論点は、企業を成り立たせている極めて狭義の目に見える所有権というところが論点です。そこでは明らかに株式会社である限り株主に権利があります。
 権利と義務は、元来「義務を果たす」ために、「権利が付与され」守られているはずですが、現実の社会は、義務はさておき、権利のみを声高に主張する社会になりつつあります。 
 すでに増配、自社株買いなど、株主への分配を増やす企業が増えていますが、株主が声高に権利を主張し、株主総会がシャンシャン総会ですまなくなって、経営者は株主重視の経営をせざるをえなくなくなっているのです。
 それは視点を変えれば、経営者の保身でもあります。株主総会で、株主さえ満足させることができれば、経営者は自分の地位も役員報酬、役員賞与も思いのままです。株主が、経営者の生殺与奪の権を握っているのです。 すでに21世紀になって、日本の上場企業の役員報酬は上がってきていますが、この間社員の給与は下がっています。取引先である中小企業も今回の好景気の恩恵に与っていません。
 今後もアソシエイツであるはずの社員、取引先への物心両面での配慮は、二の次、三の次になっていくことでしょう。アソシエイツの間の配分にバランスを取ることができるのは唯一経営者なのです。株主(資本)は有限責任ですが、他のアソシエイツは、「経営に終わりはない」に深く、深く関わって(コミットして)いるのです。
 今まで以上に経営者の理念、経営哲学が重要になってきています。 日本社会を統べる政官財のエリートに、是非武士道精神、ノブレスオブリージェを取り戻して欲しいと願っています。しかし官僚のために天下り法案を可決し、社会保険庁を解体して、年金の不始末を闇に葬ろうとする与党、これでは、政、官エリートの品格に期待できそうもありません。残る「財」のエリートに期待したいものです。

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コメント

コメントありがとうございます
<yumenosimaさん>
おっしゃるとおりですね。僕も長年「経営の目的」は「お役立ち」と申し上げてきました。しかしその手段として「経営の『継続』」が必要です。その「継続」の手段として「最低利潤の確保」が必要です。利潤がなければ、死が待っています。P・F・ドラッカーも名著「現代の経営」の中で「経営は『最大利潤の追求』ではなく、『最低利潤の確保」だ」と書いています。
 「お役立ち」は、お客様(王様)が決定権を握っています。認めてくれなければ”逃散”するしかありません。逃げなければ死あるのみ、「三十六計逃げるに如かず」です。人生は戦いだというひとも多いのですが、もし戦いなら、逃げるのも戦法の一つです。僕は戦いだと思っていませんが、喧嘩になったら、後ろから「卑怯者」と罵声を浴びても、逃げの一手です。生きていれば「卑怯者」かどうかは、後で証明できますからね。

投稿: 懐中電灯→yumenosimaさん | 2007/07/15 12:27

そもそも会社設立の目的は企業活動を通して社会に奉仕する、
その過程で応分の利潤を受ける。
というのが私どもが受け継いできた理念です。

世の中に役立つことによってのみ生活の糧もおのずから戴けるというのは暮らしの法則として今まで実践し生かされてもきました。

昨今の状況は、この生き方がおろかで無知な生き方として否定されていますが、これは間違っていると信じます。なぜならこの流れは人間社会そのものの成り立ちを否定するもので混乱と破壊しか残らないことになるからです。

ブルドックソースの株主の良識がこの流れの一時的歯止めになったことはよかったと思います。

しかし現実には経済的格差は広がるばかりで、これは間違いだと言ってるだけでは解決しません。

そのためにこそ、現在起きているこの潮流を確り知り、それを乗り切るための智恵を持たなければならないとおもいます。

懐中電灯さんがこの欄で再々警鐘していただいていることをありがたくいただいております。

投稿: yumenosima | 2007/07/05 09:08

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