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2007/09/13

再びパンドラの箱を開けるのか?

もしかしたら前回の参院選挙で、我々庶民はパンドラの箱を再びこじ開けているのかもしれません。隙間から覗いても、中に何が残っているのか、暗くて未だよく見えません。
 ギリシャ神話によると、神ゼウスはパンドラに彫刻を施した美しい箱と、好奇心を与えました。その上で「その箱は、けして開けてはならない」とパンドラに申し渡したのです。しかしパンドラは、好奇心に負けて箱を開けてしまいます。
 箱の中からは、疫病や災害、犯罪など様々な災厄が飛び出しました。パンドラが慌てて蓋をしめたので、一つだけ「なにか」が残ったそうです。以後人類は様々な災厄にみまわれることになります。
 

 箱の中に残っている「なにか」は「未来予知」という説があります。人間は未来(結果)がわからないから、様々な災厄に見舞われながらも、あきらめずに努力を続けるというのです。
 最後のひとつも箱から出てしまったという説もあるそうです。それが「希望」です。だから人間は、最後まで希望を抱いて努力をするというのです。その「希望」も最後の災厄だという説すらあります。「希望」などというものがあるから、災厄の中、人間はあきらめもせず、無駄な努力をするというのです。神ゼウスが最後にいれたもの「なにか」とは?
 安倍首相の突然の辞任を受けて、自民党は、そして野党はどう動くのでしょうか。次の総選挙で、再び与野党逆転が起これば、庶民は開きかけたパンドラの箱を、恐々ながら全開することになります。神ゼウスが最後にいれたものは、果たして”希望”なのか”最後の災厄”なのか。庶民は今、己の好奇心と闘っているのでしょう。さて克己するのでしょうか、それとも負けるのでしょうか?

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コメント

こんにちは懐中電灯です
<アントニオさん>
 僕はもし再びパンドラの箱を開けたとしても、きっとなにも飛び出してはこないと思っています。飛び出しては困るのです。
神ゼウスがパンドラの箱に最後に入れたと語り継がれているものが「希望」です。「希望」とは永遠に実現できないものの代名詞ですね。実現したらその先は絶望ですから。
 パンドラの箱にまだ「希望」が残っているとすれば、神ゼウスは、飛び出さないように、箱の底にしっかり縛り付けておいたはずです。
 今日の日本の問題は、「希望」を与えられるもの、「希望」だけでなく、欲望さえ、誰かに貰うもの思って思考停止していることではないでしょうか。だから「改革」「改革」と旗印を掲げたひとが「改革」してくれれば、もらえると思ってきたのでしょう。その結果がこのとどまることのない、弱者を食い物にする格差拡大への道です。
 パンドラの箱とは一人一人、己の心の中にあるのかもしれません。
<たかやんさん>
 突然福田政権になるように見えますが、自民党としても小泉さんとしても、当然の人事ではないでしょうか?福田さんは長年小泉政権を支えてきた人です。派閥人事といいながら、小泉チルドレンまで一日で雪崩のように動いてしまいました。
 まだまだ日本の庶民は、どん底を味わっていないので、まだまだ地獄へ向かって落ちていくことでしょう。「希望」は地獄の底に貼り付けてあるのではないでしょうか?
 

投稿: 懐中電灯→アントニオさん、たかやんさんへ | 2007/09/15 10:18

福田さんが立候補して・・・派閥が動いて・・・古い自民党がまた動き始めましたね。その方が安心感があるのかも知れません。
でも、その安心感はどうやら錯覚だったとみんなが気付き始めていると思います。パンドラの箱の中にはやはり「希望」が残っていて欲しいですね。民主党が希望になるかどうかはあけて見ないと分かりませんが、少なくても小泉さんの「改革」とは違う方向でしょう。アメリカとの関係がどうなるかが、みものですね。

投稿: たかやん | 2007/09/14 20:42

希望を捨ててしまった日本。
欲求と欲望という言葉をキーワードに使いたいと思います。

人はお腹がすくと、食欲という欲求が生まれます。そして、貨幣と
交換した上で食べ物を選択し欲求を解消します。
しかし、その貨幣、マネーを通して妄想が膨れ上がるとそれは
欲望に変わります。もっと素敵なレストランに行きたい極上なワインを
飲みたいと、さらにメディアによる情報によりさらに肥大化していきます。

希望は夢。欲望ではありません。
この国のかたちを語る事ができるリーダー。
安部総理は辞任しました。
希望を国民へ示すことができる真のリーダーを
希求したいと感じています。


投稿: アントニオ | 2007/09/13 22:06

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