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2007/09/04

解散、衆参・参・総選挙で未来を考えませんか

Photo_3 またまた農相が辞任しました。国会議員の過去の不行跡が、表沙汰になり、マスコミを賑わし、その度に国会が空転していては、この激変の時代に、未来のこと考えることもできません。いい加減にして欲しいものです。
 個人的な些細な不行跡も、庶民の税金を着服した、許されざる不行跡も多々あります。 しかし過去の55年体制で、当然のこととして罪の意識もなく行われていたことが沢山出てきています。社民党の辻元議員の秘書給与問題など議員の間では、当の党首ですら意識化にのぼらない些細なことだったのです。当時ですら、辻元議員に同情的だったひとは、僕だけではなかったと思います。

 過去を掘り起こして現在の価値観で、問題にしていては、いつまで経っても未来は開けてきません。おこぼれに預かれなかった我々庶民も、そろそろあきらめて、過去については手打にしてはいかがでしょう。
 解散総選挙も話題になりはじめています。ここで衆・参・参、国会議員全員の総・総選挙を実施して、以後過去のことは一切持ち出さない、不問に付す、その代わり未来のために力を注いで欲しい、我々選挙民もマスコミも、これから起きることだけを、しっかり監視するようにしてはどうでしょう。
 その後、都道府県、市区町村の議員についても、未来に向けての、ガラガラポンの出直し選挙を実施すれば、脛に傷をもつ政治家も、その知恵を、未来のために生かしてもらえるのではないでしょうか?
 僕の座右に我々老中世代が子供の頃、夢中になって読んでいた、月光仮面の桑田次郎が、桑田二郎と名を改めて描いた「マンガとエッセイでつづる般若心経」があります。この本の扉に。
「過去の因を知らんと欲せば、現在の果を見よ」
「未来の果を知らんと欲せば、現在の因を見よ」とあります。
 僕なりに読み替えると、
「あなたの過去の行動を知りたかったら、今のあなたの姿を見なさい。今のあなたの姿の中に過去の行動がある。」だから、
「あなたの未来の姿を知りたかったら、あなたの現在の行動を見なさい」となります。
 安手の「善因善果、悪因悪果」をいっているのではありません。間には「縁」もあり、自分の思い通りにはいかないものです。善悪をあげつらっても所詮、己の価値観の範囲に過ぎません。今の姿に満足できないからといって、「他人のせい」「環境のせい」「出自のせい」「政治のせい」といって「他者のせい」にしていると、現在の因(己の行動)を変えることが出来ないで、そのまま未来へ引きずっていくことになります。
 そこで、己の「過去の因、過去の縁」と切り捨てて、未来の姿に引き継がないように、現在の行動を変えたほうが、明るい未来が期待できます。
 昨日、今日、明日とNHKで再映されていますが、ロバート・ゼメキス監督がタイムマシンを描いて一世を風靡した映画、バック・トゥ・ザ・フューチャーの三部作の最後の字幕スーパーが忘れられません。
 ドク博士が、西部劇の時代に戻って、愛する女性と結婚し、子供をつくり、幸せな家庭をつくって、現代へ戻ってきたときの科白、字幕スーパーでこう言います。
「過去にも行ってみた、未来にも行ってみた。結局、未来はいつも白紙なんだ。自分の未来は、自分でつくる。」
この科白、桑田二郎の般若心経の扉の言葉に通じるものがあります。
 この映画の第一作の日本での初上映が1985年、桑田二郎の般若心経の初版を手にしたのも1985年というのも、老中になって当時の自分の心境を振り返ると、この二作品と自分との出会いには、単なる偶然ではなく、運命的なものを感じています。

 
 

 

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コメント

コメントありがとうございます
<Now-here manさん>
やっぱり手にされていましたか。周波数があっていてうれしいです。「お経はたとえ話だ」という桑田二郎の言葉も印象的でした。次作の観音経で、その意味が良く分かりました。
 先日の上野の会合でも「タオ自然学」を院生の薦めておられていましたね。僕は文系のせいか(言い訳?)よく理解できなかったので、一度教えを乞いたいと思っていました。再度読み直してみます。「タオ自然学」ご教示ください。

投稿: 懐中電灯→Now-here manさん | 2007/09/05 11:53

いや~、素晴らしいお話ですね。
>「マンガとエッセイでつづる般若心経」 by桑田じろう
私もある時期、用意された偶然のように出会って読みました!
(東寺じゃなくって、当時は「はんにゃ~」と付いてると
 ミケでもタマでも手を出してました…)
エイトマンも今から思うとナンとも哲学的ではありました。

投稿: Now-here man | 2007/09/04 23:13

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