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2007/09/09

北ア白馬岳から朝日岳へ(13)「気づく」ことが「見える」ことのはじまり

       <ニッコウキスゲ>20070726pict0330                                  ニッコウキスゲは日光や霧ケ峰の大群落が奇麗です。今日三日目の朝日岳から蓮華温泉への途中、広い斜面にもニッコウキスゲの大群落があります。
 朝咲いて夕べには萎むこの花、標高が高く、梅雨明け間近の7月下旬の今、まさに旬です。昨日咲いて萎んだ花、今朝咲いた盛りの花一輪、二輪の蕾が明日、明後日の朝を待っています。ニッコウキスゲの一株にも時が宿っています。
 ニッコウキスゲに混じって、ヒオウギアヤメが青紫の花を孔雀のように広げています。

                             <タテヤマウツボグサ>20070726pict0334             雪解けの水を集めた沢が山道を遮っています。滝のような沢音をバックに、タテヤマウツボグサが咲いています。写真を撮るのに夢中で気がついたら、靴の中は沢の水にずっぽり濡れてしまいました。
 落ち葉の朽ちた湿地に銀竜草が茎を伸ばしています。まだ蕾みの状態です。20070727p1000765

             

この花はじめて見つけたのは、尾瀬、一度見つけると不思議なことに、その後、八甲田、薬師沢とあちこちで、見かけるようになります。
 自分が気付かないことは、いつまでも気付かない、一度気付くと、そこから深化がはじまる。知らないことを知り始めた、楽しさ、面白さです。 今回の山歩きでは、40種類以上の花の写真を撮りましたが、若い時期の山歩きでは、これほどの種類はありませんでした。いやいやなかったのではなく、見えなかったんですね。5時間で歩いたところを7時間で歩いたり、時間をかけることで見えてくるものもあります。
 三日目の宿蓮華温泉は、山の斜面登ると、15分間隔で四つの露天風呂があります。そそそくさと、宿でザックを降ろし、缶ビールを一本購入して、最高所の薬師の湯へ入りました。湯船の中で、足をさすり、肩をなでながら缶ビールを飲んでいると、関西のおば様が5~6人、どやどやと登ってきます。「ご一緒にいいですか?」と問われると、なんと答えてよいやら。
 良く見ると先方は手回し良く水着を着用しています。僕は心の中で「エッ、マナー違反じゃないの?」最近は、ガイドブックでも女性に水着を持参するようにガイドしているらしい。
 こちらは老中とはいえ素っ裸、その上、タオルも無しで、狭い湯船に一対五では、こちらが圧倒的に分が悪い。肩まで浸かってじっと我慢比べ。

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コメント

コメントありがとうございます
<malicoさん>
志賀高原でしょうか。温泉もいいし、夏も冬もいいところですね。名古屋以西と東は風景がまったく違いますね。甲信越の風景もいいですよ。是非親孝行に呼んであげてください。

投稿: 懐中電灯→malicoさん | 2007/09/14 09:29

ニッコウキスゲですかぁ。
初めて,ニッコウキスゲを見たのは,10年くらい前に小諸から浅間山の方に行ったときですね。色鮮やかで目立つ花でした。
標高2000m越えのランプの宿に泊って散策しました。山頂から小諸市内を見下ろした風景は日本画でいうところの浮観のようでした。
両親を連れてきて,この風景を見せたいなぁと思ったことがありました。

投稿: malico | 2007/09/12 23:18

コメントありがとうございます
<坂道登さん>
 僕も若い頃は、「あの山を夜行日帰りで登った」「俺は途中で昼寝もした」などと、スピードを競ったり、今年は「いくつ登った」とピークハントしていました。土曜日も休みではなかったし、お金もなかった時代だからと頭の中では言い訳をしていますが。
 おば様パワーは凄いですね。どんな高い山へいっても半分近くはおば様です。山の中腹に展望の開けた、脱衣場さえない、風呂以外なにもない、湯煙が霧のように流れる小さな露天風呂、水着では風情がありませんね。ガイドブックを書く人が若くなって、襖一枚で「聴こえども聞かず」に日本的情緒が分からなくなっているのでしょう。
 そういえば、阿蘇の地獄温泉の泥湯の露天風呂では、二十代の若い女性達の裸と遭遇しました。皆さんが出るときは、我々中年は、背中を向けて、遠慮しました。
 <雲水さん>
 サイモンとガーファンケルは英語ダメ人間には、まさに「聞けども聴こえず」でしたね。尾瀬で、銀竜草の存在にはじめて「気付いた」ときは、「こんな花があるのか」驚きでした。しばらく現場に立ち止まって、通る人々に教えていました。お節介の、嫌味な自分がいます。数人は、僕と同様に驚いていましたが、そのうちに「それ銀竜草というんだよ」とすでに、知っている方が教えてくれました。
 八甲田では家内と藪こぎをしていて、突然眼前に飛び込んできました。そのときは感激しましたね。以来気配を感じるようになりました。

投稿: 懐中電灯→坂道さん、雲水さん | 2007/09/12 11:10

気付きの話で想い出ましたが、サイモンとガーファンケルの「Sound of silence」に次の歌詞があります。

People talking without listening(聴いているのではなく、聞こえているだけだ)
People hearing without speaking(話しているではなく、喋っているだけだ)

昔から気に入っている部分です。今回の花の事を言うと
People seeing without looking(見えていたけど見ていなかった)
と言う事ですね。

銀竜草ですが、高山にある所為か透明感が高いですね。九州の銀竜草はもっと透明感が低く白色が強いです。神秘的で私も好きな花です。

今回多くの花を見せて頂き本当に有り難うございました。

投稿: 雲水 | 2007/09/10 21:59

私も最近になってやっと時間をかけてゆっくりと、美しい周囲の風景や山野草を見ながら、時にカメラで撮りながら山を登るようになりました。

若い頃は時間ばかりを気にしてピークハントするだけで、周りの美しい自然が余り記憶にない山登りになっていた気がします。

美しい自然をじっくりと味わいながら歩いていきたいと思っています。

しかし、山でも「おば様パワー」全開なのですね、、、水着を着たまま温泉に入ってもくつろげないような気がしますけどね。

投稿: 坂道登 | 2007/09/09 12:34

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