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2007/11/28

続三丁目の夕日「日本橋の橋の上に見たものは?」

続三丁目の夕日を見ました。二丁目のど真ん中世代としては、「あんなもんじゃないよなあ」と想いつつ、前作以上にドタバタ仕立ての喜劇、泣かせる場面も、「さあ泣いてください」といわんばかり、見え見えのシナリオです。嵌るもんかと思いつつ、周囲のすすり泣きに誘われてか、涙が滲んでくきます。明るく泣けるいい映画です。
 日本橋の橋の上の二つのシーンがとても印象に残ります。第一は薬師丸ひろこ演じる主人公鈴木トモエが子連れで、元彼上川達也に日本橋の橋の上でパッタリ再会するシーンです。

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2007/11/27

複式簿記に秘められた色即是空(8)タオと空と

8.タオと空と

(1)タオと空と
 
遺伝子情報の解読ができたからといって、人間が生命を作ることはできません。それらもすべて「色」です。親から祖先へと35億年を遡って、延々と続いている生命を、成り立たせている不可思議なもの、原子核を成り立たせ、この宇宙を成り立たせている魔訶不思議な超存在を、お釈迦様は「空」と名づけたのだ、「空」は“神であり”“仏でもある”と桑田二郎はいいます。
 
「色即是空」とは、「色」はすべてこの生命の根源が形になって現れたものだという。そして、般若心経には二重の意味が込められているので、お経の字面の意味だけを追っても意味がない、この「空」を実感するために「瞑想をせよ」と云います。瞑想することで、己の中の、深奥の仏性(空)に目覚め、理智に目覚めることができるというのです。
 そして己の中の「理智」に目覚めることで、一方的な片寄った物事の見方、物事にこだわる思考から離れることができる、左(色)に右(空)にブレながらも、左の路肩を、右の路肩を踏みはずすことなく、のらりくらり?と、「いのちの道」に沿って、中道を生きることができるというのです。

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2007/11/14

コスモス畑で

    <風に揺れるコスモス>
Pict0001 忘れていた一枚、ブログを書いたままアップするのをすっかり忘れていました。 10月も後半の日曜日、家内を伴って、隣町(群馬県板倉町)のコスモス畑に出かけました。自転車に乗って、いけどもいけども、会場に着かない。、
                      Pict0003_3
 テレビのニュースでも放映しているくらいだから、近くまでいけば案内板があるだろうとたかをくくっていったのがいけなかった。往復4時間のサイクリング、足腰にはいい運動になりました。 
 コスモスの花は風に揺れて、止まってくれないので、シャッターチャンスがとても難しい。ぴんぼけの中のワンチャンスでした。それにしても強風の元はイベントのヘリコプターですからなんとも。来年は早朝を狙ってみようと思った次第。
今年は山の小さい花を沢山撮ったせいか、久しぶりのコスモスの花が大輪なのには驚きでした。

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複式簿記に秘められた色即是空(7)色と空と

7.色と空と

 (1)般若心経

 「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄、舎利子“色不異空”“空不異色”“色即是空”“空即是色”受想行識亦復如是・・・・・・・・・」と始まる、般若心経は二百六十余文字の短いお経で、お経の中では、日本人にとって最も馴染みの深いお経です。その冒頭の「色即是空」「空即是色」は、誤解も含めて、知らない人はいない、といってもよいでしょう。しかし短いがゆえに、その意味するところは深く、分かったような、分からないような隔靴掻痒のお経です。解説された本を何冊読んでも、お釈迦様の教えの一端を垣間見ることはできるのですが、いつまでたっても何冊読んでも、納得がいかないのが、この「色即是空」「空即是色」なのです。

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