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2007/12/04

初冬の奥秩父(1)紅葉の中に個性が

     <初冬の梢に残る>
20071125pict0122 2007年11月24日~25日今年最後の山歩きと初冬の奥秩父、大菩薩峠を歩いてきました。信玄の背中を守った甲府盆地の後背地です。峠を越えると奥多摩、そして武州へ出ることができます。頂上から標高八百㍍ほどの中腹まですっかり葉を落として、山道を落ち葉が川のように流れています。時には向こう脛も もぐってしまうほどです。この季節に、落ち葉を掻き分け、掻き分け歩くこの感触がとても心地いいのです。

数葉の
梢に残るもみじ葉も
それぞれの四時思いおるやも 
          -雛鳳-  
                                <奥多摩へ下る>                             20071125pict0124_2                                                  秋の紅葉や落ち葉を見るたびに、個性ってもみじ葉や、楢の木の葉の、こんな様相を云うのではないかと思うのです。春の若葉には個性はみられないのです。
 足元の落ち葉は同じ朴葉でも大の字になって落ちているものや少し、すねて丸くなっているもの、虫に食われて傷んだもの思い思いの形で落ちています。

     <梢の赤い珊瑚玉>
20071125pict0116木々の梢に残るぶなの葉も、しっかり虫に食われたもの、黄色が斑になったものと様々です。もみじの葉の赤も鮮やかな葉から、渋く少し黒ずんだ赤、同じ木の枝で過ごしたはずの葉っぱ達がそれぞれ違っていながら、全体に調和して初冬の山を彩っています。
 春の山に来ると、一本の木、一枝のの若葉は成長の度合いによって、幾分大小濃淡の違いはあるもの、若緑の色合いはとても似通っていて、秋の枝の葉っぱのような多様な違いをみせていないのです。 

                                    <丸川峠のシンボル>                     20071124pict0011  近年若年層の教育でも「個性を育てろ」という掛け声が多いように見受けます。まだ未熟な、育ちきっていない心身に、個性を見出せるのだろうかと、いつも疑問に思っています。
 まだ柔らかい若葉が個性で目立ったら、きっと目立たない葉っぱより先に虫に食われてしまうに違いありません。なるべく目立たないうちに成長したほうが喰われる可能性も少ないでしょう。
  初夏を迎え成熟し、遅霜に焼かれたり、真夏の太陽に照り付けられ、風雨に晒されて、傷ついたり、虫に半分かじられたり、吹き飛ばされたりします。四季折々の風雪に晒されても、秋の梢に、未だ緑濃くしがみついているものや、半分だけ色づいて、まだまだと頑張っているものや、一足早く落ちて土に帰っていく葉もあります。この秋の紅葉から、初冬の落ち葉の中にこそ、個性を見ることができます。

   <大菩薩嶺を下る>20071124pict0021_2                  

「ナンバーワンよりオンリーワン」の標語を掲げて、若者に個性を強調する場面を多く見かけます。若者もその心地よい甘い響きに誘われてしまいがちですが、そこは要注意です。心の有り様から、顔の皺まで、個性とは、生きてきた過程で、時に有頂天になり、時に失意の底に沈んで、我々老中世代になって,木々の緑葉と同じように、風雪に晒され変化し、この身体に刻まれたものが個性といわれるものです。
 オンリーワンも「そういえば、よくも続いてきたもんだ」と、心身の中に残ったものこそ、オンリーワンです。僕の仲間に学生時代にサックスを吹いていた人がいます。五十歳を過ぎてふと気が付くと大勢のパーティで、楽器の演奏を披露できるほどの腕前の人間は、周囲に見当たりません。これこそオンリーワンなのです。
 SMAPの「たった一つの花」はそういう風雪に晒された梢のもみじ葉や、落ち葉や、我々老中への応援歌であって、若者への応援歌ではないのです。子供の時代から八十年、オンリーワンを目指していくものではなくて、若葉のうちは周囲と違って目立てば、かえって虫に食われてしまうでしょう。競うことなく、目立つことなく、しかし必死に成長することが大事です。近年、若者の教育の場で「ナンバーワンになれなくてもいい、もともと特別なオンリーワン・・・・」を強調されると、ちょっと違うのではないか、ますます中途半端な、ひ弱な若者を育ててしまうことになるのではと心配になります。
 こんな老婆心も老中ゆえか、若者に「そんなのお前に関係ねえ」といわれそうですね。

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コメント

こんにちは懐中電灯です
<坂道登さん>
 仰るとおりですね。どうせナンバーワンになれないから、オンリーワンという敗北主義、能率主義の臭いを感じるんです。本来すべての生きとし生きるものの、生命はオンリーワンですね。だから自分が自分として生きることがオンリーワンだと思うんです。
 最近大人も若者も、多くの人が目先の能率、効率主義に毒されてしまいいています。直接、自分の得にならないことはやらないんです。人間関係も目先でビジネスに関係ない人との縁を続けられないんですね。人間関係も希薄になるわけですね。
 昨日は新しいデジタル一眼レフを引っさげてテストを兼ねて、鎌倉の晩秋を撮ってきました。
<ドン・マッティングリーさん>
 若いうちはオンリーワンなんて考えないで、ひたすら仕事をし、ひたすら遊び、ひたすら勉強し、ひたすら喜び、ひたすら泣くのがいいと思います。
 以前お話しましたが、広辞苑の定義では「『経営とは』力を尽くして物事を営む」ですからね。
<大平須美枝さん>
 初冬、早春に落ち葉の音を聞きながら、一人で山道を歩く心地よい適度な寂寥感が好きですね。
 お菓子は12月のお客様はきっと来年のお客様(リピート)に繋がるのではないでしょうか?クリスマスは新しいお客様を掴むイベントと捉える新しい企画も生まれるのではないでしょうか?来年の仕込みの月ですね。
 岩井さんの著書はマクロ経済の視点ですから、「貨幣論」「資本主義を語る」の二冊を読むと、今おかれている日本人の状況も分かり、それが分かれば、個人として、どうすればいいかもわかってきます。サブプライム問題も、原油の高騰も起こるべくして起こる問題ですね。頭の隅で、円もドルも紙切れと考えておく必要があると思います。
<立和田猛さん>
 ホームストレッチを四年走ってきました。60歳からの人生(時間)の使い方が、自分の一生を結論付けるような気がしています。集大成の時間のようにも思えます。
 鹿児島では大変お世話になりました。12/21日も鹿児島へ出向く予定です。
 
 
 

 
 

 

投稿: 懐中電灯→皆さん | 2007/12/06 09:36

久し振りにキーを打ちます。

20代は親からもらった顔。
30代は 自分で作っていく顔。
40代は自分で作った顔。
その顔が オンリーワン。・・・・・と
思って生きてきました。

50代は 少なからず 自信がありました。

60になろうとして
自分の顔とはなんだろう・・・と
考えています。

投稿: 立和田 猛 | 2007/12/05 23:23

早くも師走の頃を迎えています。まだまだ仕事では素人であるが故に、あれやこれやで追われてこの一年も時間ばかりが早く過ぎていくようです。積み残しを少しでも少なくしていきたいものと思っています。

初冬の山歩きは修行僧を思わせ、懐中電灯さんの生き方まが感じられます。秋の紅葉にこそ個性があとの言葉に驚きました。そんな見方も素敵ですね。感心いたしました。
人も多くの経験をつんでこそ個性、味わいが出てくる・・・いいですね。
ご紹介の本は近くの本屋にはなくて取り寄せていただき、ようやく岩井氏の「貨幣論」を読みました。難しくてついつい眠ってしまい、何回も同じところを読んだりしながらでしたが、よく解らない本を読んだと言う満足感だけかもしれませんが、かなり頭の体操にはなったようです。懐中電灯さんの解説は参考書のようなものですね。ありがとうございました。

私も12月はクリスマスがありお菓子屋にとっては稼ぎ時です。
太極拳の九州大会があったり、1週間に3~4回の教室もあり充実の日々があることは健康だからこそと感謝しています。
色々な情報をありがとうございました。

投稿: 大平須美枝 | 2007/12/05 17:51

オンリーワン、という表現は私が大学生の頃から使っていた表現ですね。そもそも、商品販促用語であったものが、学生や若者へ向けられる言葉へと変わっていったように思います。

私も若いのでこのように書くのは僭越ですが、苦労も鼻っ柱を折られる経験もしていないのに、オンリーワンはないのです。

オンリーワンとは、派手に表現するのでもなく、その人から自然に滲み出る味わいではないでしょうか。
私もそうなるには、まだまだ多くの人生経験が必要です。
人生はみな共通してオンリーワン。
だからこそ、充実させたいですよね。

投稿: ドンマッティングリー | 2007/12/04 22:15

ナンバーワンがだめならオンリーワンと言う結果を、教育だけでなく社会全体が過程ではなく結果のみを求めている気がします。

目の前の出来ることをこつこつと努力していった結果一つの成果が生まれ(生まれないこともあるのでしょうが)、成果が集まってその人となり個性になっていくのでしょうね。

成果が生まれない努力も消して無駄にはならずその人となりを良い方向に持って行くのではないかと思うのです。

春の新緑から一枚、一枚の葉が自然の猛威に必死に耐えて生き残り、それが集まって秋の美しい紅葉になっていくのでしょうね。

素晴らしい写真、保存させていただきました。

投稿: 坂道登 | 2007/12/04 19:07

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