« 初冬の奥秩父(2)峠の宿のサービス | トップページ | 鎌倉の秋(1)散在ガ池から鎌倉アルプスへ »

2007/12/11

複式簿記に秘められた色即是空(9)金子みすゞの詩と生命の負債

(1)金子みすゞの詩と生命の負債

    <色不異空、空不異色>
Photo_3
 蓄積された資本の源泉が太古の昔からの大自然の営みではないかと気付いたのは、金子みすゞの詩「大漁」でした。山口県長門に生まれ育った、薄幸の詩人金子みすゞは、浜辺で鰮の大漁に歓喜に満ちて祝う、漁師の姿の裏で、眼に見えない鰮の生命が捧げられていることを詩っています。

 <大漁>

   朝焼け小焼けだ大漁だ
   大羽鰮の大漁だ

   浜は祭りのようだけど
   海の中では何万の
   鰮のとむらいするだろう
 

 貨幣のない昔なら、大漁の鰮は、共同生活をする集落の人々で分け合ったり、他の集落の住民と物々交換をしたことでしょう。しかし貨幣経済下の今日、鰮は一旦純粋紙切れと交換され、余剰分は漁師の蓄積となるのです。大自然の恵みが紙切れとなって蓄積されていき資本と呼ばれ金利を生むようになります。金子みすゞは弱者の視線で、普通の人には見えないものを見つめ詩にしています。

いかに科学技術が進歩した今日でも、現在のところ人間は、穀類、野菜の栽培、酪農による食肉生産から漁業に至るまで、食糧生産はすべて、大自然の力を借りなければできません。「おぎゃあ!」とこの世に生を受けた瞬間から、死ぬまでの間、他の生物の生命を糧として生きるのですから、大自然から生命の負債を負って生きているのです。
(2)人間の営みと「色」と「空」
 この人間の営みも四つの次元で表現することができます。この世に生を受けた人間は、己の肉体を持つことになります。この肉体とその五感から生じる心が「色」で、Ⅱ.次元の資産に喩えることができます。このⅡ.次元(借方)の「色」の動きのみをとらえる簿記を単式簿記と云います。
 資本主義がここまで発展したのは、「色」の源泉を「資本」と仮に名づけてⅠ.次元(貸方)に対置させることで、Ⅱ.次元の「色」がいかに変化しようと、その変化に関わらず、依って来る源泉を明らかにすることが出来るようにしたのです。それが複式簿記です。
 
お釈迦様は、「Ⅰ.次元に仮に名づけた「空」をおくことによって、「色」の動きや変化に関わらず『色即是空』だ。「色」がいかに変化しようと、その源泉は「空」すなわち、生命を成り立たせている、根源の魔訶不思議な力だ。」云っています。「色」とバランスするⅠ.次元の資本が「空」ということになります。桑田二郎のいう「生命の根源」であり、タオにつながっている部分です。桑田二郎は著書の中で、お経はその言葉の表面の意味の裏に、たとえ話が秘められていて、そのたとえ話を理解しないと、お経の本当の意味はわからない、といっています。 

 ニコラス・ウェイドは著書「5万年前」の中で、ヒトゲノムの解析から読み解くと、現代人の祖先は、5万年前に故郷アフリカ大陸を出た150人だと書いています。人間は過去にこの地球上に誕生した生物の中では、もっとも獰猛な生物です。祖先の150人はユーラシア大陸の大型動物を喰い尽くし、オーストラリア大陸に渡ってそこでも大型動物を悉く喰いつくしていったのです。
 さらにベーリング海峡を渡ったその子孫の一団は、北アメリカから南アメリカへと増殖しつつ南下していき、各地でことごとく大型動物を喰い尽してしまって、今日に至っています。
 ヨーロッパの各地で、ネアンデルタール人を駆逐、絶滅させてしまったのも、この150人の子孫だといいます。その子孫である我々現代人は、すでに六十億人を超え増殖中、この悪食たるや止まることを知りません。かくいう自分もその一人に違いありませんが。人間の性は、生来バブリーな性を内在しています。

 肉体とその五感から生じる、心の動きのなすがままに、行動していると、そのバブリーな獰猛な性は、他人を傷つけ己を傷つけ、はなはだ厄介です。そこで、般若心経はこのバブリーな「肉体と心」をⅡ.次元におき、Ⅰ.次元の資本の部に「霊と魂」をおいて、肉体⇔霊、心⇔魂とバランスさせようと考えたのです。「霊と魂」というと、迷信として忌み嫌うひとも多いのですが、確かにそれが”実体としてある”といってしまったら、それは迷信になってしまいます。

 資本や負債という言葉も実体があるわけではありません。実体は資産です。その依って来る源泉として仮に名づけたものです。「霊と魂」も同じように考えると納得がいきます。
 そこで般若心経では「空即是色」と振り戻して、色と空とどちらにも一方に片寄るなと教えています。貨幣経済下の資本や負債は相手の資産につながっていますが、人間の霊と魂はこの世に生を受けたときに、親(生命の源泉)から肉体を受けると同時に、その”いのちの道”から「霊」をも引き継いでいると般若心経は教えていると月光仮面は云うのです。
  今マスコミを騒がしている、船場吉兆の経営者の惨めな姿も、「吉兆」という屋号と財産という目に見える資産、「色」しか相続しなかった悲劇です。もちろん創業者も結局、己が育ててきたはずの、「吉兆」の目に見えないもの空(仮の名を「霊と魂」という)を相続させなかった悲劇です。「空」をも分割相続して、増やそうと欲をかいた悲劇でもあります。あの姿を「魂」が「六道輪廻」を彷徨っている地獄図絵といっているのであって、地獄が実在するといっているのではないのです。

 両手を合わせて「『色即是空』『空即是色』ムニャ、ムニャ、ムニャ」です。
<つづく (10)受想行識亦復如是>

|

« 初冬の奥秩父(2)峠の宿のサービス | トップページ | 鎌倉の秋(1)散在ガ池から鎌倉アルプスへ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50017/17203205

この記事へのトラックバック一覧です: 複式簿記に秘められた色即是空(9)金子みすゞの詩と生命の負債:

« 初冬の奥秩父(2)峠の宿のサービス | トップページ | 鎌倉の秋(1)散在ガ池から鎌倉アルプスへ »