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2008/01/31

映画「いのちの食べかた」を観て(3)もしも立場が逆さまだったら!

     <写真4.鮭の解体>
3_2 漁場でホースで鮭を海水と一緒に吸い取って漁獲しています。その鮭が工場で活きたまま、写真4.のようにコンベアの上で腹を裂かれ、ホースで内臓を吸い取られるのです。牛や豚の解体シーンも残酷なイメージですが、吊り下げられているので、自分と一体になることはなかったのですが、この鮭の姿は、仰向けに寝ている姿のせいか、ギョッとして、一瞬人間が横たわってるような錯覚に襲われました。もし自分達人間だったら?
映画「続猿の惑星」で猿に支配される人間の姿をみた以上のショックを感じたのです。人間が、鶏族、豚族、牛族に、繁殖させられ吊るされて、食用に供されている姿を、人間が見たらどんな想いをいだくことでしょうか。

 この映画を見て、どんなに繁殖技術、増産技術に長けていても、単細胞生物さえ、未だに人間は生命を創造することはできないのだということを実感しました。地球上に生命の生成から35億年、この魔訶不思議な、「いのち」を創造してきた力が、今でもこの地球に働いています。いかに人間が奢っても、出来ないものはできなのです。
 生産工場で大量生産しているように見える、卵、肉、野菜もすべては増殖であって、創造ではありません。あくまでも大自然の摩訶不思議な力のお陰です。
 古代の人間はその摩訶不思議な力を恐れ、崇敬し「神」と名付けたのではなかったか?そして動植物に宿る「霊魂」を信じていました。アイヌの熊祭りは、神が熊の毛皮を着て地上に現れ、肉を”ミアンゲ”として置いていってくれるので、「又ミアンゲを持って来てください」と祈って、感謝を込めて”霊魂”を天にお返しする儀式だったそうです。アイヌ語のミアンゲは今日本語の「お土産」の語源だそうです。
 生命はすべて食物連鎖の中で、他の生き物の”いのち”を頂かないと生きていけないのです。その上人間は、大自然の循環を逸脱し、自ら増殖に手を染めてしまっています。コンベアの前で、自分の代わりに殺生を担ってくれている、同じ人間が存在してはじめて、日々の生を営むことができています。
 映画を観ながらふと思ったのは、この見えないものへの感謝を忘れた姿は、自分もこのベルトコンベアの最終工程に並ばされていて、ただひたすら消費するために、得体の知れない、なにものか”の金儲けのために、奴隷のように、存在させられている自分の姿です。
 「お陰さま」は神仏が目に見えないところ、日の当たらないところを守っていてくださる事への感謝の祈りの言葉です。「生かされている」という言葉も安易には使えません。
 この映画を観て、同じ「生かされている」という言葉にも、二つの意味が込められているのではないか?得たいのに知れない何ものかの、お金儲けのために「生かされている」のと、自分を「自分として生きるため」に、目に見えない様々な”いのち”に支えられて、「お陰様で」「生かされている」の違いがあるのではないでしょうか?折角なら後者でありたいと念じた次第です。
 そして、中沢新一著「三位一体」では、聖霊の増殖が、今日の世界のゆがみを生み出しているとありました。日本人は比叡山に教場を開いた最澄が、日本古来の信仰と仏教を融合して、「山川草木悉皆仏性」といったと聞いています。せめて日本列島の中だけでも「”いのち”とは『山川草木悉皆仏性』」を守りたいと念じています。

<シアター・イメージフォーラムにて上映中>
http://www.imageforum.co.jp/theatre/index.html

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コメント

コメントありがとうございます
<しじみさん>
DVDになったら是非、地元の心ある方々と観て、そして議論を交わしてください。映画をみて驚いたのは、今の日本人の発想で農業を集農すると、日本の農業、酪農は全滅します。
 今の日本人の発想は、生産性、コストダウンそのための大規模化です。産業社会の手法をこれから追いかけても、西欧、中国にはかないません。
 個別の農家に、個別の商品ごとに、価格を下支えする、安全、安心、助成金を出して、農業で所得を増やす可能性を高め、若者の就労を促すのがいいように思いました。
 今日の日経新聞でも日本の農林水産物の輸出が伸びていることを報じています。アジアの富裕層向けです。その40%をりんごが占めています。80億円だそうです。困ったことにこの記事の後半に、輸出が好調なものは富裕層向けの高級品が中心、「日本の農産物が海外で大衆化するためには、価格競争力を高めることが必要だ」などと馬鹿な意見をのたまう評論家が多いのです。
 日本の農産物は、海外で大衆化する必要はなく、徹底して、安全と安心を保証して、世界の富裕層に向けて、高価格で売ることで、日本のものづくりの方向を示すことだと思っています。人口減少社会は、質を目指せです。
 研修の折は常々申し上げていますが、「手間、暇かける」です。手間、暇かけることが、質につながり、持続するのだと信じています。
 

投稿: 懐中電灯→しじみさんへ | 2008/02/01 10:26

HPで上映される映画館を検索したら当地青森県は
予定にないようです。
いずれDVDで出てくれれば、是非見たい映画ですね。

投稿: しじみ | 2008/02/01 08:51

つい近年までは私たちの地方のみならず田舎の
暮らしはみな食べ物に感謝し、自分の手で
「ありがとう、尊い命を頂きます」という
心を持っていました。
近年、グローバル化の名の下にサラーリーマンに
なる若者が増え、農家は後継者がなく、次第に
すべてはスーパーからの買い物で食生活を
まかなうワーキングプアが増え続けています。
また、それらの家庭の子供たちも食べ物に
感謝する心を持つ機会を失ってきています。
どこか、日本の心が失われていく姿を見て
寂しい気がします。

投稿: しじみ | 2008/02/01 08:41

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