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2008/03/23

映画「明日への遺言」が日本人に問いかけるもの

映画館を出た第一印象は岡田資中将を演じる主役藤田まことの声の響き、そしてその妻、岡田温子を演じる女優富司純子の笑顔です。それは、映画の主題「人間の品格を問う」にふさわしい声の響き、法廷で死を賭して「法戦」を戦う夫の品格を支え続ける妻の笑顔です。
 小泉堯史監督は、極東軍事裁判横浜法廷において、B級戦犯として裁かれた岡田資中将の「法戦」の場面を描きながら、首尾一貫岡田資中将とその妻岡田温子が、後世に残した個人としての「人間の品格」を描き、我々一人ひとりに「人間の品格とは!」を伝えようとしています。

 太平洋戦争末期、東海軍司令官岡田資中将は、名古屋市内を絨毯爆撃したB29の搭乗員38名を、戦争犯罪人として処罰しました。戦後岡田資中将以下20名が極東軍事裁判横浜法廷において、捕虜虐殺の罪でB級戦犯に問わ法廷に立つことになります。
 岡田資中将は、非戦闘員である一般市民を狙った絨毯爆撃は、戦争犯罪であるとして、この裁判を自ら「法戦」と名づけて戦います。捕虜処罰の責任を自己一身に引きつけ、責任が自分より上の、陸軍上層部さらにはその上の天皇陛下に及ばないよう、かつ部下は上官である自分の命令に従っただけだとして、現場で捕虜を処刑した部下も責任を問われないように慎重に弁論を展開していきます。それは同時に日本の主要都市への絨毯爆撃や原爆投下の戦争犯罪性を告発し、アメリカ大統領、時の日本国内の最高権力者マッカーサー元帥の責任を問う「法戦」へと展開していきます。
 映画は裁判の経過を通して、弁護人フェザーストン主任弁護人、バーネット主任検察官から裁判委員長ラップ大佐といった裁判にかかわる多くの人々が、岡田資中将の人となりに共鳴していく過程を、精妙に描いています。
 裁判の結審を前に裁判長バーネット大佐は、岡田資中将に捕虜虐殺は絨毯爆撃に対する”報復”だったのではないかと再三質す場面があります。罪を減刑したいがための好意の問いかけだったのです。しかし岡田資中将はなんのためらいもなく「処罰です」と答えます。最後まで米軍による非戦闘員の無差別殺戮を戦争犯罪として告発して、自己の責任を全うしたのです。
 報復は報復の無限の連鎖を生んでいきます。「リメンバー・パールハーバー」というアメリカ、「リメンバー・広島」といわず、「過ちは二度と繰り返しませんから」という日本人いずれの主義が地球上に平和をもたらすのでしょうか?未だ日本人の心の中にも、その答えは出ていません。
 人間は誕生と共に、様々な関係性の中を生き、そして死を迎えます。その関係性は、肉体の死をもって終わりではなく、「夫と妻」、「父と子」、「上司と部下」、個人としての「自分と社会」様々な関係性の中へ伝わって、続いていきます。
 法廷闘争のさなかに、生まれたばかりの孫を、法廷で抱く主人公の満ち足りた笑顔から「自分と孫」そして、自分から孫へと伝わっていく関係性の永遠性を感じ取ることができます。
 人間は生を受けて以来、一生を通して、新たに生まれる関係性、続いていく関係性、切れる関係性、自ら断ち切る関係性、様々な関係性を縁として結びそして、肉体は死んでいきます。岡田資中将は、「法戦」を戦い抜くことで、己との関係性の責任を全うしたのではなかろうか。そしてその関係性の連鎖も輪廻転生というのかもしれません。 
 主任検事バーネットを演じる男優の面影が、誰かに似ているのですが、映画を見ている間思い出せませんでしたが、映画館を出た途端に思い出しました。学生時代に観た映画「大脱走」でヨーロッパの対ドイツ戦線を撹乱するために、死を賭して集団脱走して、ヨーロッパ各地を、得意のオートバイで、格好よく逃げ回ったスティーブ・マックイーンです。バーネットは息子フレッド・マックィーンです。スティーブ・マックィーンも銀幕の中に転生していました。
 日本軍人が戦犯として収容されていた巣鴨拘置所に、小学生の頃、何度か町内会の子供会として、慰問にいった記憶が蘇ってきました。戦犯として罪に問われた方々を慰問し、何を書いたのか、内容の記憶にはありませんが、葉書で拙い交信をしたのです。通称巣鴨プリズンといわれたそこには今、サンシャインシティが建っています。
 近年政、官、財のエリートの方々の不祥事が目立ちますが、多くの方はテレビカメラの前で頭を下げ、曰く「責任を”取って”辞める」「辞めない責任の取り方もある」 で終わっています。小泉堯史監督が映画を通して、問いかける”品格”は「国家の品格」ではありません。個人の品格であり、それは”責任を取る”ことではなくて、”責任を全う”することだと問いかけているのではないでしょうか? 「全うする」という日本語もあることを忘れてはいけないと、問いかけています。

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