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2008/09/02

映画「闇の子供たち」を観て

 梁石日(ヤン・ソギル)の小説「闇の子供たち」が映画化され、今夏上映されています。アジアの闇に広がっている、幼児売買春、臓器売買の実体を暴いた作品です。アジアの貧困問題として、日々ごくわずかなお金、しかし生き延びるために欠かせないお金を得るために、ごみの山に登りごみを漁るストリートチルドレンの姿を、ドキュメンタリーなどで見る機会があります。その映像には子供達の頭上に、青空も白い雲も見えます。まだかすかな希望も見え隠れしています。
 その明るい部分を切り取って見せた映画が「マリアのヘソ」です。しかしこの「闇の子供たち」は、青空や白い雲どころか、鍵のかかった窓のないたこ部屋に繋がれ、欧米や日本の、経済的に豊かではあるが浅ましい人びとに、性的に弄ばれ死んでいきます。映画の中ではエイズに罹り、生きながらにして黒いビニールのゴミ袋に詰められ、ごみとして収集され捨てられる子供達がいます。
 かろうじて生き残れば、今度は自分が闇の勢力の手先になって、いたいけな子供の命をお金に換える仕組みの先兵となって生きながらえていきます。

 貧しい農村から買われてくる子供達、豊かな欧米や日本からそれを買いに出かける大人たち、それを媒介して売る、警察、軍隊、政治と結託した闇の勢力という仕組みが、アジアの貧しい国と欧米日本という豊かな国との間に作られ機能しているのです。
 日本では15歳未満の臓器移植は禁止されています。本人の事前の意思表示がある場合にのみ、脳死を死と認め、臓器提供を認めるという法律があるからです。映画では心臓病の子供を持つ日本人の夫婦が、己の子供の命を助けるために、5千万円のお金を支払い、タイヘ出かけるのです。タイの病院には二人の子供が用意されています。一人はスペアです。親がわずかなお金と引き換えに売り渡した子供は、散々性的玩具として、大人に弄ばれた挙句、まだ健康であれば、生きたまま心臓を取り出され、親が金持ちの子供の命をわずかにのばすために費消されてしまいます。
 この映画はあらためて、日本人に臓器移植の問題を提起してくれています。売買ですから、日本人が買わなければ、幼児売買春も臓器売買も成り立ちません。同じこの映画を見てもひとによって意見が分かれます。僕は以前ブログにも書いたように、脳死以前の生前の自己申告によってのみ臓器提供を認めるという、現在の日本の臓器移植法がゆるされるぎりぎりのところだと思っています。
 しかし、同じ映画を見ても、アジアへ出かけてお金で他人の命を買うようなことをしないで済むように、日本国内で合法的にできるように年齢制限を12歳まで引き下げようとか、アメリカのように、親の承諾があれば認めるといった改正案が浮上してきます。僕から見れば、それは改正ではなく、なし崩し、改悪にほかなりません。
 映画の中で、宮崎あおい扮する、正義感溢れる日本人ボランティアの落合恵子は、必死に日本人夫婦のタイ行きを阻止しようとします。そして「アメリカへ行ってください」というのです。アメリカでは幼児の脳死も合法だからです。そうすればタイの子供の命は救われます。
 合法ならいいという発想に疑問を持ちます。合法ならいいという発想は、「では法律を作ればいい」さらに「改正すればいい」とズルズルと範囲が拡大していきます。合法という建前の下に、闇が表を堂々と大手を振って歩くようになるのが人間社会です。お金という便利な道具を発明した人間は、道具は凶器でもあることを、わきまえておく必要があると思うのです。
 この地球上で最も醜悪なる生物が人間(己も含めて)です。親鸞はそれを見据えて、悪人正機説を唱えたのだと思います。親鸞の口伝といわれる歎異抄の中で、善人であるか、悪人であるか、人を殺すか、殺さないかは、そういう機縁に出会うか、出会わないかであって、生来の悪人、生来の善人の区別があるわけではない。「人はみな生来醜悪なるものという」己に対する恐れを自覚しなければならないと説いています。
 「闇の子供たち」の闇は、人間誰もが抱えている闇の部分です。自分だって立場が変われば、子供の心臓手術のために、出かけたかもしれない、生き延びるために闇の手先として生きたかもしれない、貧しさゆえに子供を売る立場に立っていないとも限らないのです。親鸞は人間の持つ暗闇、人間の持つ業のゆえに、唯一阿弥陀如来の光明のみを信じ「南無阿弥陀仏の名号のみを称えよ!」といったのだと思います。
 梁石日(ヤン・ソギル)の同名小説は今37万部を超えるそうです。書店の店頭に平場に並んでいます。
<映画「闇の子供たち」>
http://www.yami-kodomo.jp/ 
今日(9/2)有楽町を歩いていたらスバル座で上映しているのを見つけました。
http://www.minipara.com/kanto-mini/theater/yuraku_subaru/index.shtml

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