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2008/11/29

映画「私は貝になりたい」を観て「ああ理不尽な人間社会!」

映画館を出て、まず家内と顔を見合わせて一言、「理不尽だね!」「哀しいね!」でした。人間社会の不条理、理不尽さが、観客の胸に迫って来る映画です。
  題材は極東軍事裁判で捕虜虐待の罪で、B級戦犯として裁かれた日本兵の物語です。太平洋戦争末期、アメリカ軍は日本の主要都市を無差別爆撃しました。戦争と直接関わりのない多くの民間人が無差別に焼き殺されたことは、永遠に消えない日本人のトラウマになっています。直接戦争と関わりの無い非戦闘員を殺傷にすることは、ハーグ国際条約で禁止されています。アメリカの無差別爆撃、広島、長崎への原爆投下は明らかにハーグ国際条約違反です。
 映画では絨毯爆撃を実行したB29が撃墜され、パラシュートで脱出した搭乗員を捕らえた日本軍は、民間人を守ることもできない自分達の不甲斐なさも手伝っていたのでしょう。そのまま捕虜を処刑(殺害?)してしまいます。
 敗戦後、極東軍事裁判で、上官の絶対命令でやむなく銃剣で突いて処刑した、一兵卒の召集兵が捕虜虐待の罪で、B級戦犯として絞首刑になります。捕虜虐待は国際条約違反だからです。
<私は貝になりたい公式サイト>
http://www.watashi-kai.jp/

 主人公一兵卒の清水豊松(中居正広)とその妻房枝(仲間由紀恵)は、駈け落ちをして辿り着いた見知らぬ町で、苦難の末理髪店を開業し、男の子にも恵まれ、やっと小さな幸せを掴もうとしていました。その矢先に赤紙一枚で召集を受けます。 残された妻子の生活を国が面倒を見てくれるわけではないのです。
 そして、捕虜虐待の現場に遭遇します。日本の軍隊では、上官の命令は天皇陛下の命令、絶対服従です。苦渋に震えながら眼を瞑って、磔にした捕虜に向って銃剣突撃です。
 歎異抄の一節「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや・・」を想起する場面です。人が人を殺すような悪を働くのも、その人に悪が備わっているからではない、又人を殺さないのも、善人だからではない、人の行いは機縁によるのだと、親鸞は弟子唯円に面授しています。
 小心で善人の豊松は、ささやかな家族の幸せを引裂かれ、鉄砲を担がされ、意気地なしと教練でいたぶられた挙句に、人を殺す場面に立たされ、上官の命令で突撃してしまいます。命令を下すだけで、手を汚さない上官は死を免れたのに、直接手を下した者として、豊松は絞首刑になってしまいます。理不尽な己の死を目前にして、震える手で家族に遺書を残します。
 「どうしても生まれ変わらなければいけないのなら、『私は貝になりたい』」「家族の心配もしなくていい・・・」この世の理不尽さ、不条理に押しつぶされていく、弱者(負け組ではありません。念のため)の叫びが聞こえてきます。
 根拠無き楽観から、「努力は必ず報われる!」「夢を持て!」「夢は必ず実現する!」と若者に説く、西欧の「因果応報」に魅せられた極楽トンボの幸せな大人達には、是非観ていただきたい映画です。映画の主人公豊松は、きっと「努力は報われない」「夢なんて叶わない」と叫ぶことでしょう。「私は貝になりたい」と。
 僕には、脚本家橋本忍は、世の中はそんなに単純な、因果応報の世界ではなく、「報われるか、報われないか」は「」による、「因→縁→果」の縁起の世界だと語っているように思えます。
 映画の舞台になった戦犯を収容していた巣鴨拘置所には小学生の頃2~3度慰問にいきました。幾度となく、たどたどしい文字で葉書を出したことを思い出します。
<清水豊松の遺書>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
房江、健一、直子・・・・
お父さんは、もう二時間で死んで行きます。
お前たちとは別れ、遠い遠いところへ
行ってしまいます・・・・

もう一度会いたい・・・・
もう一度みんなと一緒に暮らしたい・・・・
許してもらえるのなら、
手が一本、足が一本もげても、
お前達と、一緒に暮らしたい・・・・・・
でも、もうそれは出来ません・・・・・・
せめて、せめて生まれ変わることが
出来るのなら・・・・・・・・・

いえ、お父さんは生まれ変わっても、
もう人間にはなりたくありません。
人間なんて嫌だ、
こんなひどい目にあわされる人間なんて・・・・・・・
牛か馬のほうがいい・・・・いや牛や馬なら、
また人間にひどい目に合わされる・・・・・・
いっそのこと、誰も知らない、
深い、深い、海の底の貝?
そうだ貝がいい・・・

深い海の底なら・・・・戦争もない・・・・兵隊もない・・・・・・
房江や健一、直子のことを心配することもない。
どうしても生まれ変わらなければいけないのなら・・・・

私は貝になりたい・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
同じ題材を扱った映画「明日への遺言」と対になる映画です。そこには”理不尽なるもの”と最後まで戦うもう一人の強者(勝ち組ではありません念のため)の日本人がいます。

<映画「明日への遺言」が日本人に問いかけるもの>
http://net-ksk.cocolog-nifty.com/keiei/2008/03/post_8d77.html

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コメント

コメントありがとうございます
<enkyoさん>
 仰るとおりですね。
明治維新から日露戦争まで40年、日露戦争から40年で太平洋戦争敗戦です。それから40年のプラザ合意が第二の敗戦です。絨毯爆撃が眼に見えない形で進行するようになりましたね。サブプライム問題も眼に見えない収奪です。
 戦後60年、そろそろきな臭い、臭いもします。防衛庁が省になりました。権力者が、愛国心、自己責任という言葉を使い始めたら弱者は要注意ですね。
 

投稿: 懐中電灯→enkyoさんへ | 2008/12/02 09:11

懐中電灯様

とても興味深い内容です。
深く考えさせられます。決して太古の昔の話ではなく、
平成の前、そう昭和の出来事なのですよね。

投稿: enkyo | 2008/12/01 20:33

コメントありがとうございます
<たかやん>
 家族思いのたかやんが観たら、泣くでしょうね。家族に残す遺書に、家族の心配もしなくて済む「貝」になりたいと書くほどの絶望、生まれ変わって、この世に戻りたくないという絶望のまま死ななければならない理不尽なこの世。
 今の日本にはとても危険なにおいが漂っています。戦争で苦しむのは、いつも一般庶民であることを忘れないようにしないとね。

投稿: 懐中電灯→たかやん | 2008/11/30 21:40

昔、小さい頃、この映画を見ました。多分、フランキー堺主演だったと思います。内容はよく覚えていませんが、「私は貝にないりたい・・・」という台詞は覚えています。その時の彼の悲しい顔と、そして暗い暗い映画の画面を今でも記憶しています。小さかったので、どうして貝なんかになりたいのだろう・・・という思いと、自分にも貝になりたいと思うようなことが起こるんだろうか・・・そんな不安を抱いたような気がします。まだまだ、あの戦争の記憶が東京の新宿にも残っていた時代でした。

投稿: たかやん | 2008/11/30 13:32

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