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2009/01/06

「サブプライムバブルの儲け」はどこへ消えた?

<「サブプライムバブルの儲け」はどこへ消えた>

 世界中で1929年大恐慌の再来、100年に一度の出来事といわれ、国家による大掛かりな金融機関の救済、景気対策が打ち出されています。あたかも世界中、人類67億人、全員が損をしているような空気が漂っています。儲けた人々、儲けた企業は無かったのか、それとも口を噤んでいるのか。

 実物経済と金融経済は、眼に見えるものと見えないもの、「実」と「虚」のやじろべえ、右、左、交互に揺れながら螺旋階段を登っていく姿ですから、サブプライムバブルが膨らんでいく上昇過程では、金融(虚)でモノを買い、消費をしていたのですから、実物経済も金融(虚)によって膨らんでいったのです。中国の対アメリカ輸出も日本の対中国輸出もそのサブプライム金融(虚)の恩恵に浴していたのではないかと思うのです。

 実物経済が正しくて金融経済が間違っているように囃し立てている評論家、経済学者も多いようですが、眼に見える実の世界、実物経済の生産力も、虚によって膨らんでいたのではないでしょうか。

だからこそ般若心経では「色即是空」といいながら、返す刀で「空即是色」と切り替えしているように思います。一方に偏るな中道をいけと。

後にニクションショックと言われるようになりましたが、1971年、ニクソン大統領は突然、米ドルと金との兌換を停止すると一方的に宣言しました。それまで金一トロイオンス(31,103g)と35米ドルと交換すると約束していた、その約束を反故にしたのです。その唐突な金兌換停止宣言は、なぜか8月15日でした。アメリカの傘の下で、高度成長を謳歌した日本に向けて、第二太平洋戦争を事前通告なしにあたかも真珠湾攻撃の仕返しのように、宣戦布告したのです。

このときを境に世界中にばら撒いた米ドルは純粋紙切れ通貨になりました。通貨が真に信用によってのみ使われる時代になったのです。

当時ブレトンウッズ体制(ドル基軸通貨体制)の終焉と言われたました。新しいシステムに移行するときは必ず混乱が起きるものですが、このときも2年後の1973年に第一次オイルショックが起きるなど世界経済は大混乱しました。

その混乱を収拾し世界経済の新たな枠組みを作ろうと、1973年フランスのジスカールデスタン大統領の提唱ではじまったサミットも、G6からカナダを加えG7,ロシアを加えてG8になりました。金のくびきからの解放、変動相場制への移行は、ポストブレトンウッズ体制ではなく、米ドル紙幣の発行を自由に行なえる、ネオブレトンウッズ体制として、米ドル基軸通貨を奔放なワイルドなものにしてしまいました。 第二太平洋戦争は1985年9月22日敗戦の日を迎えました。G5の合意、一ドル235円は一年後120円になりました。後にプラザ合意と言われています。その後もアメリカ政府は米ドルを大増刷し、輸出至上主義に洗脳された日本は、しばしば輸出企業を発展させるべく、米ドルを買い支え、円安誘導を繰り返していきました。 

その当面の結末である、サブプライムを契機とする現在の金融危機、その対応を論議するために集まったサミットはG20になりました。なぜか今度も提唱者はフランスのサルコジ大統領、主要テーマは「ブレトンウッズ体制の終焉」です。そのG20、各国の首脳が集まり、金融恐慌の対策が話し合われましたが、具体的な対策はまとまりませんでした。

金融システムを規制しようというヨーロッパに対して、金融危機の震源地、新自由主義を押し通し、金融自由化を世界に押し通したアメリカは、謝ることもなく、相変わらず、規制に反対し市場原理主義を守ろうとしています。そして日本の麻生総理は、IMFに十兆円(日本人の税金)をお土産に基軸通貨ドルを守る側に回っています。

G20各国の中央銀行は多額の公的資金(国民の税金)を投入し始めています。いわく「金融システム維持のため」いわく「雇用を守るため」です。資本主義の旗手として、新自由主義を世界に押し広げてきたアメリカが、私企業のはずの自動車産業、ビック3へも公的資金(税金)を投入するのですから、筋も道理もあったものではありません。

しかし問題は、膨らんでいく過程で儲けた人々、儲けた企業と、萎んでいくプロセスでその儲けを負担する人々や企業とが異なるということではないでしょうか。アメリカの政府が投入する膨大な公的資金という名の税金を負うのは、アメリカの未来の一般庶民、日本政府が投入する公的資金は日本の未来の庶民です。

消費税引き上げを高らかに宣言し、法人税を引き下げるアドバルーンを打ち上げても、富裕層の所得税や相続税に言及する声はどこからも聞こえてきません。やじろべえが螺旋階段を登っていく過程で儲けたのはこの富裕層なのです。儲けたものを十分吐き出してくれるのなら、いいのですが、下りの負担、痛みを負うのは弱者である庶民です。それもこれから先、長きに渡って、失業、増税、医療福祉の切捨てと、様々な経済政策によってです。

 金融資本主義は崩壊したという論が多いのですが、紙切れ通貨以上の良い手立ても無く、紙切れ資本主義が続く限り、それは願望に過ぎないのではないでしょうか。

暴走するじゃじゃ馬に轡をはめ、手綱をさばくのが「経世済民」ですが、経済学が政治と分離してしまった今、政府が打つ不況対策の行方を監視することも大事ですが、未来のためには、政治がジャジャ馬に轡を嵌め手綱を取るかどうかをしっかり見守ることのほうがより重要ではないでしょうか。目先の対策の飴玉に一喜一憂していると、またじゃじゃ馬は暴れだします。 弱者は悲観的に備えて楽観的に生きることが大事だと思っています。

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