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2009/03/14

地域振興券と「エンデの遺言」(2)

3.「根源からお金を問うこと」
 「根源からお金を問うこと」は、1999年5月にNHKドキュメントで放映された「エンデの遺言」のサブタイトルです。このドキュメントは、「ネバーエンディングストーリー」や「モモ」といった童話作家ミヒャエル・エンデが日本人に残した遺言を元に制作されたものです。半年後に、河邑厚徳+グループ現代著「エンデの遺言」としてNHK出版から出版されています。プロローグで内橋克人さんは、エンデの次の言葉を紹介しています。「今日のシステムの犠牲者は、第三世界の人びとと自然にほかなりません。このシステムが自ら機能するために、今後もそれらの人びとと自然は容赦なく搾取され続けるでしょう」このシステムとは「利が利を生むことをもって至上とするマネー」の仕組みであり、第三世界の人びととは、世界規模での第三世界の人びとだけではなく、相対的には各国々、各地域の弱者である人びとのことでもあります。

この「エンデの遺言」の出版を契機に各地で地域通貨の導入が行われていますが、残念ながら“根源からお金の仕組みを問い直した上で導入されているところは少ないようです。このことは、今回各地の地域振興券の使い方にも現れています。歴史にIFは禁句ですが、あえて、もし十年前に根源から問い直し、セルジオ・ゲゼルの前例に倣い地域通貨の仕組みを立ち上げていたら、派遣切り、契約切り等々の失業者を地域で、農業、林業、漁業、介護といった人材不足の分野に地域通貨を賃金補填に使って吸収して、未曾有の大不況の影響を緩和するだけでなく、その後地域活性化のきっかけを掴むことができたのではないかと思います。ミヒャエル・エンデも指摘しているように、紙切れ通貨を大増刷して、大自然の生命の循環速度を超えて大自然と紙切れ通貨とを交換して消費してしまうことが元凶です。環境保護、CO2による温暖化も“根源からお金を問うことなくして解決しないのではないでしょうか。
4.「陽のお金」と「陰のお金」
 
2001年10月、ベルナルド・リエターは、著書「マネー」で、ユング心理学の元型(アーキタイプ)と陰(シャドウ)を駆使し、道教の陰陽を例えに 「なぜ人はおカネに魅入られるのか」お金の誕生からバブル発生の原因を探り、人間の持つお金に対する深層心理を明らかにしています。この本を読むと、読者自身のお金に関する、己の深層心理の一端を垣間見ることができます。リエターは、お金の元型は元型が映し出す陰によって明らかになるといってます。お金の陰と陽のバランスが取れているとき人間社会は、安定し繁栄すると。
 陰と陽のバランスとは「陽のお金」と「陰のお金」を使い分けることだといいます。「陽のお金」は富の蓄積(ストック)のためのお金、「陰のお金」は日々の生活(フロー)のためのお金です。「陽のお金」が過剰に暴れだすとき、バブルが起ります。今日の人間社会の様々な問題の多くは、この「陽のお金」が暴走し「陰のお金」を駆逐してしまっていることに原因があるようです。
 地域振興券、地域通貨はリエターの言う「陰のお金」です。誰もが「未曾有の大不況」と言う
今こそ、
「今なぜ地域振興券なのか?」
「今なぜ地域通貨なのか?」ついでに
「己のお金に関する元型とは?」
根源から問い直すまたとない機会です。

「エンデの遺言」-根源からお金を問うことー
  河邑厚徳+グループ現代著  NHK出版
「マネー」-なぜ人はおカネに魅入られるのか-
  ベルナルド・リエター著  ダイヤモンド社

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コメント

コメントありがとうございます
<hatoさん>
 買い物のポイントを地域通貨のジャンルに入れて語る方も多いのですが、僕は反対です。地域通貨の狙いは、あくまで、政府が発行する管理通貨のもたらす弊害を緩和するために使うものです。あくまで生活者のためのもの、各種ポイントのように消費を促進するためのものとは区別しておきたいのです。個人も消費者思考と決別して、生活者として生きたほうがいいと想うのです。お金を使う量を減らす生き方が、環境にもいいのです。稼ぐために必至に時間を使い、それを消費するためにまた時間を使う、エネルギー多消費型のライフスタイルと決別して、成熟した生活者として生きたいと願っています。
 地域通貨をうまく使えば、地域通貨を賃金として受け取ってもらう仕事をつくり、雇用を生み出すことも可能になります。

投稿: 懐中電灯→hatoさんへ | 2009/08/28 13:27

今さっき、テレ東の「ガイアの夜明け」を見るとはなく見ていたのですが、今回はポイントカードが取り上げられていたようです。

全体を通して観たわけではないので、詳しいことは分かりませんが、中でも興味深かったのは、サイモンズという会社がいろんな企業と組んで、ポイントカードを発行し、そのカードのポイントの中から様々な理由で、失効したポイントを社会貢献に役立てようという取り組みが紹介されていたことです。

具体的には、盲導犬協会とか車いすとかですね。

また、このサイモンズでは北海道の大学と提携して、このカードを学生に持たせて、地域の商店で買い物をしてこのカードを使うことで、地域の活性化も図ろうとしているようです。

また、この仕組みを自治体単位に拡大して、失効ポイントを自治体の財源にしようという試みも紹介されていました。

つまり、このポイントカードを中心として、地域経済の活性化や循環を図ろうという意図があるようですね。

この、ポイントカードの仕組みこそ、懐中電灯さんのいう陰のお金のモデルになるような気がしますがどうでしょうか?

投稿: hato | 2009/08/25 23:08

コメントありがとうございます
<hatoさん>
 梅原猛が「神殺しの日本」に書いているように、明治政府が神仏を殺し、人間である天皇を神としたのですから、日本人の宗教観としては、江戸期以前に戻らねばなりません。鈴木大拙の「日本的霊性」は読まれましたが?
 もしまだでしたら、ご一読ください。岩波文庫もありますが、中公クラシック版がお奨めです。日本人の霊性の目覚めは鎌倉期。道元の禅仏教徒と親鸞の浄土仏教による目覚めだと、あります。
>一体、この国も個人もどこに向かって進むのでしょうかね。
 地方にはまだ残っていますよ。我々庶民が消費者思考を止めて、生活者思考に目覚めれば、まだ間に合うと思います。政官財の上層の方々には多くを期待しないほうが、いいのでしょうね。
餅と政権は貧乏人(弱者)が焼きましょう。


投稿: 懐中電灯→hatoさんへ | 2009/07/23 16:46

 戦前の日本では、懐中電灯さんの仰る凧の糸を調節する役割を、天皇という存在が一手に背負ってきたのだと思います。経済やお金のことだけではなく、国家や社会全体に対して。

 そして、戦後の日本では天皇の人間宣言で、国も国民も糸の切れた凧になってしまった。

 そんな中で、短距離走の全力疾走のごとき走り方で、フルマラソンを走るがごとく、経済的、金銭的利益だけを追い求め、挙句の果ては国も個人も燃え尽き、消耗して立つのもやっとの体たらく。

 一体、この国も個人もどこに向かって進むのでしょうかね。


投稿: hato | 2009/07/20 23:43

コメントありがとうございます
<hatoさん>
 仰るとおりです。ブログに書いたように、お金(通貨)の機能にも陽と陰とがあり、米ドルが金との交換を停止した1971年以降、糸の切れた凧のように、舞い上がり、急降下を繰り返しながら、高く高く昇っていっています。糸を持ち糸を引いたり伸ばしたり調節する人がいないのです。
 hatoさんの仰るとおりなのですが、急降下の後に又さらに舞い上がっていくことでしょう。このような世の中で、個人として、自分を守り、家庭を守り、生き抜くには、いかなる行動を取るのか、自分の未来は自分で守る以外に手立てはないのです。
 もう会社も国もあてには出来ない時代に生きていることを認識する必要があります。

投稿: 懐中電灯→hatoさんへ | 2009/07/20 10:28

 ふと、思ったのですが、お金を血液だとすると筋肉に当たるものは何なのかを考える必要があるのだと思います。
 たとえば、足は第二の心臓だと言われていますが、これは、歩いたりすることで全身の血流が促進されて循環が良くなることを意味します。

 これと同じように、景気を良くするためには、お金のことだけを考えるのではなく、社会や経済を考えたとき、筋肉に当たるものは何かを、考えて、そこから動かしていけば、自然とお金も循環するということでしょう。

 逆を言えば、お金のことしか考えないから、お金が動かず不況なのだと思います。

 個人資産に関しても、運動しないために体脂肪が過剰に蓄積されいる状態といえるでしょう。

 これもまた、陰陽のバランスをどうとるかという問題でしょうか。

 また、地域通貨とか地域社会を考えたとき、その地域に生きる人々の連帯感をどう担保するかという問題もあると思います。

投稿: hato | 2009/07/16 17:13

コメントありがとうございます。
<しじみさん>
 地域振興券も地域通貨も「通貨」であるという認識が足りないのが原因です。そして、現在流通している通貨は、上へ上へ、地方から中央へと吸い上げるツールであるという認識が必要だと思います。「陽のお金」が円錐形の頂点へ吸い上げていくんです。だから対極の陰の世界にも「陰のお果ね」で円錐形を作って、引き戻しておく必要があるのではないかと思います。
 いずれにしろ「お金」「マネー」の仕組みを理解して危機感を共有しないと機能しませんね。ミクシィにコメントをいただいているので、ミクシィにも書きましたので、ミクシィの中も読んでください。
 

投稿: 懐中電灯→しじみさん | 2009/03/16 15:02

二回にわたって「地域通貨」についての投稿があり、
興味深く読ませて頂いています。
当時、私もこの「地域通貨」については当地の
役所の担当課長および商工会議所の担当者と
話をした事があります。
しかし考え方にはかなりの隔たりがありました。
私一人で出来る行為でもありませんから、
どうしてもある程度のまとまった数の事業者や
労働提供者を集めていく事が必要となります。
最近ようやく商店街の商品券にその役割と
普及を図ろうとしていましが、特定の商店に
商品券が集中する状態になり、その商店から
クレームが来ているとの事でした。
この事業は生半可な気持ちではなかなか
うまく運ばない事業だと認識し始めています。
これに対する思い入れと、普及のための啓蒙活動が
根気よく続けられるかどうかが課題となりそうですね。


投稿: しじみ | 2009/03/15 14:51

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