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2009/06/01

公的資金(税金)で産業再生することの哀しみ(1)

産業再生と称してダイエーを再生して、イオンHDが傘下に収め、ソゴウと西武百貨店も再生スキームとして統合した後にセブン&アイHDが傘下に収めています。その再生には公的資金(未来の税金)が使われてきました。たった十年前のことです。今再びスーパーマーケット、百貨店といった大手流通は過剰店舗を持て余しています。当時壊しておけば、更なる過剰店舗の下の販売不振も和らいだものになっていたのではないでしょうか。
 もしあの時公的資金で救うのなら、企業ではなく、強者間の闘争のとばっちりを受けた、弱者である従業員を救うべきだったのです。セーフティネットは弱者が負け組みになることを防ぐために用意するものです。承知の上で企業間競争に明け暮れる人々や企業は優勝劣敗の中で整理されたほうがいいのです。

十年前「雇用の維持」という大義名分を掲げて、企業を再生した咎めが、今再び、過剰店舗を再現しています。生きとし生けるものにはアポトーシスという細胞の自死の仕組みが組み込まれています。ところが法人という生き物である企業にはアポトーシスが組み込まれていません。永遠の命を生きようとします。秦の始皇帝も不老不死の妙薬を求めて徐福を日本に派遣したという徐福伝説があります。徐福は日本で不老不死の妙薬を発見したのですが、あの残虐な始皇帝が永遠の生を手に入れたら、自分はご用済みで殺され、人民も永遠に呻吟すると思い、帰国を断念し日本に定住したのではないでしょうか。京都の太秦をはじめ全国に、秦のつく地名が残っています。
 
夢は叶うものではなく、見るものですから、アンチエイジング、終生現役と夢を見るのは構わないのですが、夢は実現すると信じて疑わない人が、不老不死を願うと、それはそれは、醜悪なものとなり、秦の始皇帝のように、周囲にも甚大な被害をもたらします。
 「努力は報われる」と信じているひとが不老不死の妙薬を手に入れたら?さてどうなることやら。竹中平蔵さんのような原理主義者に、「報われないのは、未だお前の努力が足りないからだ!」と永遠に「努力の鞭に打たれる続けることでしょう。そんなシーンが地獄絵のどこかに描かれていませんでしたか。

 
冗談はさておき、神ならぬ人間が作った企業という生き物には、アポトーシスが組み込まれていません。企業の死は常に不慮の死、倒産なのです。企業間の闘争に敗れ、お客様の支持を失い倒産するのです。その不慮の死を迎えている企業を救ってしまうと、真正の不老不死ゾンビになってしまいます。
 
企業が永遠の命を永らえるには、シュンペータの言う創造的破壊が欠かせません。創造的破壊を怠った企業に倒産という死が待っているのです。創造的破壊を怠った者を再生してゾンビにしては、新しいものの出てくる余地はないのです。「革新こそ生長(成長ではない)の糧」なのです。P・F・ドラッカーは名著「現代の経営」のなかで、「経営者は自分の座っている椅子の足の一本を常に切っていなければいけない」と書いています。

<続く>

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