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2009/08/28

針ノ木岳から爺ガ岳を歩く(2)針ノ木岳からのご来光

   <針ノ木岳からのご来光>
20090818dsc00561b 宿泊客も少なく畳一畳分を確保できて、19:30分に就寝、時折隣のいびきに目を覚ましながらも、ぐっすり眠ることができました。翌朝?2009年8月18日3:30分宝石箱をひっくり返したような満天の星の下、そっと小屋をでました。 <茜空>                    20090818dsc00557b_2        額につけた懐中電灯を頼りに登ること一時間、標高2821㍍針ノ木岳の頂上に、早速三脚を立てて5:00のご来光を待ちました。右の蓮華岳、左の爺ガ岳の間、北信濃の山の向こうから朝日が登ってきました。みるみるうちに空が茜色に染まっていきます。昨日歩いた足の痛みもすっかり忘れて、360度の展望をシャッターを切っていました。

    <後立山連峰の朝>
20090818dsc00591b 足下の針ノ木岳から爺ガ岳鹿島鑓ガ岳を経白馬岳に連なる後立山の峰々霞んで見えます。左側は黒部渓谷が深い谷を刻んでいます。
 這い松の緑と岩のコントラストも美しくみ応えがあります

                       

  

                        <黒部湖の対岸に剱岳・立山の峰々>              20090818dsc00573b 黒部湖を挟んで剱岳から立山の峰々が湖から一気に立ち上がっています。
 このダムの建設が始ったのは1956年、戦後の廃墟から立ち直りようやく日本経済にようやく光が見えはじめた時期、映画黒部の太陽に描かれた難工事に挑んだのです。今の日本からは想像もできない、貧しいけれどその貧しさから抜け出そうというエネルギー溢れる時代でしたね。

<高瀬ダムの向こうに槍・穂高岩峰>
20090918dsc00593b南に目を向けると高瀬ダムの向こうに槍・穂高の岩峰が屹立しています。若い頃小槍の上でションベンすれば、高瀬、梓と泣き別れ」と歌ったものです。梓川は上高地の扇状地を作り流れ下って犀川になり、高瀬川と合流して川中島古戦場で千曲川と合流します。

     <針ノ木岳(スバリ岳より)>             20090818dsc00606b
朝日の昇る眺望を楽しみながら、ラーメンを作ってささやかな朝食を楽しみました。針ノ木小屋で調達したおにぎりは昼に回わします。
 後から登ってきた人達は、足早に先を急いで次のピーク、スバリ 岳へ向かっていきます。針ノ木岳山頂の名残を惜しみながら、6:30分頂上を後にスバリ岳へ。
 スバリ岳から見る針ノ木岳はどっしりと落ち着いた山容を見せています。

    

                                                          

                                     

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