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2009/11/21

映画「クリスマス・キャロル」を観て(2)「お金が大事!」は本当?

小説「クリスマス・キャロル」の舞台は世界に先駆けて産業革命の隆盛期を迎えていたロンドンです。農業機械の発明による生産性向上や、工業用地の拡大による農地の減少で、農村を追われた人々が大量に都市に流入し仕事もなく格差に喘いでいた時代、しかも大不況の最中です。チャールズ・ディケンズ自身も父親がパン屋のつけが払えず、訴えられて監獄に繋がれるという極貧の中に育っています。
 当時は借金返済の不履行は自由(未来)を失うことだったのです。お金は未来のエネルギーです。借金によって他人の未来のエネルギーを現在という時の中で費消した者は返済できないときには、己の未来の先取りとして獄につながれ、自由(未来)を捧げることによって返済したのです。
 クリスマス・キャロルの時代から160年余りを経た今日、貨幣経済は紙切れ紙幣、株券、電子マネー、デリバティブ等々様々な金融商品を生み出し、目に見えない浮遊霊を増殖する仕組みへと進化してきました。サブプライムバブルはこの浮遊霊が跳梁跋扈、踊り狂った宴の跡なのです。
 日々の暮らしに必要なあらゆる物品、サービスが商品(貨幣)化してしまった今日、ますます人々は「お金が大事!」「お金が大事!」と叫ぶようになってきました。本当にお金が大事なのでしょうか? 

 スクルージの”過去→現在→未来”の姿ををよくよく見ると「お金が大事!」なのではなく、大事なのは「お金の『稼ぎ方』『溜め方』『使い方』」にあることが分かってきます。
 日頃機会あるごとに「目的と手段を取り違えないように!」と申し上げているのですが、この「お金」に関しても、目的と手段の取り違えがしばしば起こっています。「お金」はより幸せな暮らしをするための手段であって目的ではないのです。
 若き日のスクルージは「お金」を目的に働いて愛するフィアンセを失ってしまいました。長じては永年の共同経営者マーレイの会葬に立会い、亡骸の両の目に置いた二枚の銅銭さえ取り上げてしまいます。スクルージは唯一人の資産譲受人なのに!です。唯一人の社員クラチットも過酷な労働条件下でこき使っていました。大事なのは「お金の稼ぎ方」「お金」そのものではないはずなのに。そのために親しい知己もなく町中の嫌われ者として、生きながら暗い死の世界を彷徨っていました。
 スクルージは三人の精霊(内なる自分)、に目覚め「お金の使い方」に気づくのです。「お金」はエネルギーですから、開放すれば陽の側面がでるし、溜め込めば陰の側面が出てきます。
 お金を目的に稼ぎ、蓄えるということは陽のエネルギーを封じ込めることであり、手段と目的を間違えると「現在のスクルージ」のように、開放されない陰のエネルギーに引き込まれ、暗い闇の死の世界を生きることになります。
 今の日本はどうでしょうか、敗戦で焦土と化した日本列島で、貧しさの中から立ち上がったのですが、気がついてみると、あたかも「スクルージの現在の姿」のようでもあります。1,400兆円あるといわれる個人資産も含み損を表に出すと、実質1,000兆円程度ではないかといわれています。その上政府や自治体が未来のエネルギーを借金として取り出し使ってしまいました。その借金はあと数年で1,000兆円に積み上がります。丁度プラスマイナスゼロになるのです。
 日本のバブルが崩壊した1990年から20年、マスコミ報道でも日々格差の問題が伝えられています。”一億総中流幻想”から目が醒めたら眼前には格差社会が拡がっていました。そしてサブプライムバブルから一夜明けたら”一億総下層社会”(ごく一部のエリート層を除いて)へと変わっていくことになるのでしょうか。
 政界、官界、経済界日本社会を統べるエリートの方々の初夢?(初夢では越年できませんね)に精霊達が訪れて、スクルージ的現在に気づき、日本人の未来を変える行動を起こしてくれることを祈りながら映画館を後にしました。 

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