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2010/01/22

遅れ、遅れの年賀状二題

  <原点回帰ー顧客の創造ー>
20100101 今年はブログで年賀のご挨拶ができなくて、もやもやしていました。世相の混乱のせいにしてなにを書いてよいやらとサボっていました。とうとう縁者から「なにも書かないの?」「けじめをつけないの?」と叱られ「いつもの『顧客満足の輪廻』が欲しい」とやさしい声をかけていただきました。それならと怠け心の恥ずかしさをこらえて、寅年(お役立ち)のスタートを「原点回帰」P・F・ドラッカーの現代の経営の「経営とは『顧客の創造である」としました。お馴染みの縁者はコピーして使ってください。
 デフレ、デフレ、デフレスパイラルと経済評論家はマクロの視点で声高に叫びますが、個々の企業の経営者は「世の中が悪い」と叫んでいるうちに、粗利益(mPQ)を失って倒産してしまいます。
 ミクロの企業レベルでは、いつの時代も倦まず弛まず「お役立ち」です。お役立ちとは己は誰に、なにを持ってお役立ちするのか?
 己の技術、サービス、商品をもって「顧客の創造」を継続する以外にはないのです。日本の企業は1960年代に翻訳され日本に紹介された「現代の経営」の原点に回帰することがこの混沌とした世の中から脱する唯一の方法ではないでしょうか。

                                  <路傍の花を愛でて>                             20010_4 葉書の年賀状に以下の文を添えました。「老中の山歩きで下り坂の楽しみを覚えたはずでした。ところが、年末のドラマ『坂の上の雲』を観て不覚にも、若い頃小説を読んだ折と同じ高揚感を覚えました。スイッチを切り、まてまて日本は今成熟のとき、膝の痛みを擦りながらも、湖面に映る白雲を眼下に、路傍の花を愛でながら下る楽しみもあるぞと」
 塩野七生は著書「サイレント・マイノリティ」の中で民族や国家の興亡についてご自身の仮説を述べています。いかなる民族も国家もいかに興隆しようと、衰亡から逃れることはできない。しかしその衰亡を『祇園精舎の鐘の声・・・」とすべて、「奢れる者久しからず」としてしまうことには組しない。民族、国家の興亡は、それぞれの民族、国家固有の精神がポジティブに発揮されたとき興隆し、同じものがネガティブに発揮されたとき衰亡する。衰亡の原因は「奢った」ことによる精神的堕落によるのではなくく、興隆によってもたらされる、固有の精神が変わっていくことに起因するのではないか。「奢らなくても衰亡する」と述べています。その上で、盛期をいかに伸ばし、衰退がゆるやかにくるように努めることは日常の健康管理に似ている。民族、国家特有の精神をいかにメィンテナンスしていくか、それが興亡のときを長持ちさせる健康管理だ。日本民族の精神が和の精神にあるとすれば、時代に合わないとして捨てようものなら、もう日本人ではない」と述べています。
 この仮説が「海の上の都の物語」としてベネチュア共和国千年の興亡を書き、先年15年にわたってローマ人の物語を書き終えた筆の底に流れる和音なのでしょう。
 日本が衰退の入り口に立っている今、鈴木大拙が鎌倉期に日本人が覚醒したという”日本的霊性”を俎板の上に上げ、いかにメインテナンスするかが問われているように思います。                                          

終いの宿を定めし吾の心根の
定まらぬ春光まぶしく
2010年元旦 -雛鳳ー

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