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2010/01/23

誰が為に吹くや進軍喇叭「成長!」「成長!」「成長戦略」と

 与党の予算案がまとまり、野党自民党や経済評論家、マスコミはこぞって鳩山政権には成長戦略がないと批判の嵐です。民主党も泥縄の「新成長戦略」を発表しました。
 ふと昭和初期の風景を思い出してしまいました。当時も格差の拡大は極限まで達して、東北の農村では、貧困のために娘を売るという状況が現出しました。昭和9年に起きたニ.ニ六事件は、皇軍兵士の多くが東北出身で己の姉、妹が貧困のために売られていく状況を打破したいと決起したものだと言われています。結果は鎮圧され、日本はその状況を打破する方策として、アジア大陸へ侵略の歩をすすめ、太平洋戦争へと突入していきました。当時の進軍喇叭と「成長」成長」という大合唱が重なって聞こえてきます。戦争によって傷ついたものを戦争によって癒すことができなかったと同様に成長によって失ったものを成長によって取り戻すことはできません。

 今の日本に必要なことは、「繕い戦略」です。民主党の新成長戦略」に建前として掲げられているものの多くも失業率の改善、教育再生、医療、介護への注力、環境問題(CO2ではなく)格差縮小等々みんな「繕い戦略」、メインテナンスのときなのです。それをあえて成長戦略といって「成長」への進軍喇叭を吹くならば、それは所詮傷ついた庶民のためではなく極一部の「誰かさん」のためでしかないのです。現実に実施される政策は繕いに向けられることはないでしょう。
 にわかにメーカー、流通業がこぞって、中国へ中国へ、ベトナムへ、タイへ、インドへと進出を企てていますが、これがはたして日本の成長戦略なのか、子供の頃母親が「徐州、徐州と軍靴は進む・・・」と口ずさみながら、深夜まで内職に精を出していた姿がまぶたに浮かびます。敗戦後すでに5年、日本の指導者層が遅れた帝国主義をむき出しにし、日中戦争、太平洋戦争へとのめり込んだために、格差を縮めるどころか、夫も子供もそしておのれ自身も悲惨な生活を強いられているのに。
  国内に需要も見込めず成長機会も乏しい今、個々の企業が成長機会を求めて新興国へ出て行くことはやむを得ないことですが、その進出した企業の利益の国内還流を当てにしているとすれば、そしてそれがマクロレベルの日本の成長戦略ということだとすれば、それは帝国主義とどこがどう違うのか分からなくなってしまいます。武器を使わないこと以外あまり違いはないのではないでしょうか。そして結果はまた同じ過ちを犯すことになるのではないでしょうか。
 個々の企業が新興国へ進出して、現地生産で現地雇用を創出し、現地の経済力を高め需要を拡大したとして、その残りの利益を国内に還流し日本国内の内需を拡大できるとは、到底思えないのですがいかがでしょうか。むしろ日本へ戻ることは考えず利益も日本へ持ち帰るなどといった邪まなことは考えず、現地へ再投資して進出した企業も進出した日本人も現地化するほうが自然な姿なのではないでしょうか。
 それでは内需をどうするのか?内需がなければ日本の成長はありえないといいますが、今国内に必要なものは内需(サプライサイド)ではなく、国内雇用(デマンドサイド)の再生です。外食産業、医療、介護、金融といった様々なサービス業もあくまで農、林、水産、製造業といった場での付加価値生産のベースの上にのったものです。この生活の基礎となる産業での雇用(付加価値)創出なくして日本人の国内生活を長期継続的に維持することはできないと思うのです。たとえ相対的に生産性が低くてもです。緩やかな鎖国の奨めです。

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コメント

コメントありがとうございます
<海が好きさん>
 歴史への造詣が深いですね。おっしゃるとおりです。徳川260年の平和による蓄積は大きかったですね。人類史上の快挙です。
 江戸時代までの日本は中国、朝鮮といった大陸の国に対する「遅れた国」という自覚、謙虚さがありました。明治維新で蓋を開けてみたら、意外にも。そこに米英の教唆に乗せられて、アジアをかき回してしまったのが失敗だったのでしょう。
 日本人らしく、少しう俯き加減に足元を見ながら歩く「内向きの時代」なのでしょう。
 パソコン通信の頃からハンドルネームを懐中電灯としています。でも誤解しないでください。山歩きに使う懐中電灯は、両手を空けるために、額につけて歩きますが真っ直ぐ前を向いて歩いていても、光は二すじ、足元と前方の二方向を照らしてくれます。
 これからもよろしくお付き合いください。
 

投稿: 懐中電灯→海が好きさんへ | 2010/02/18 09:02

日本史を見ますと、海外へ拡張する時期と、内側を固める時期が交互に交代していることがわかります。
遣唐使の時代は盛んに中国と交流したけれど、一転して平安時代は国風文化を育てたという具合です。
その後は平清盛の福原遷都など盛んに貿易を行う時代になりますが、鎌倉時代になると再び内向きの時代になります。
それから、江戸時代の安定した社会で、識字率が高まったり独自文化つなど、内側がきっちり固まったので、明治維新後の近代化の成功があったといえるのではないでしょうか。
さて、今は外へ出て行く時代か、内側を整える時代か、といえば、言うまでもなく後者でしょう。
これをきちっとやっておけば、次期の海外への進出も成功する条件が自ずと整うのではないでしょうか。

投稿: 海が好き | 2010/02/16 19:45

コメントありがとうございます
<malicoさん>
 目に見えないものが人々を育み、生活を支えていくのだと思います。日本は国の借金の大半をバブル崩壊後の20年で作ってしまいました。輸出至上主義で輸出企業を支えるために米国債を買い、米ドルを買って円安を維持してきました。それもとうとう90円を割り込んでいます。その間に国内産業は崩壊寸前、若者の職場が失われてしまいました。
 個々人が己の未来の姿をイメージして、今行動する勇気が必要ですね。

投稿: 懐中電灯→malicoさんへ | 2010/01/26 18:40

「繕い政策」よく分かります。
公共事業関連の仕事をしているので、切実に感じます。
高度経済成長期に作り上げた物は20年を経過するものばかりでメンテナンスが必須になっています。私たちが日ごろ目にして利用しているものは、順当に交換、補修をしてもこれまでの1.5倍の期間(30年)を要するとされています。
また都市と地方の格差が広がるなかで、メンテナンス費用は地方自治体が賄うことになっています。拡大・成長を目指す、国はあずかり知らんというところです。
「本当に必要なものは何か」の国・地方、そして私たちも取捨選択を迫られているようです。

投稿: malico | 2010/01/23 13:14

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